アステイオン

ジョージア

パンキシの「まだら」

2020年08月19日(水)
五月女 颯(東京大学大学院人文社会科学研究科博士課程・2019年度鳥井フェロー)

パンキシの人々にとって今日最も大きな不安定要素は、その若者たちがイスラーム国 (ISIS) へ流入してしまっていることだろう。そうした若者は家族にも行き先を告げず、ある日忽然と姿を消す。遺された家族のインタビューなどを見ると、家族にとっても青天の霹靂で、どういった理由でイスラーム国に渡ったのか、皆目見当もつかないといった感じだ。「グローバルな危機の震源は『まだら』な世界地図のひとつひとつの斑点のように、究極的にはわれわれ一人ひとりの内側に、点在している」と『アステイオン』92号で池内恵氏は述べているが、まさに「まだら」は個人レベルで存在しており、ジョージアでも例外ではないだろう。

このような状況で、ジョージアの中央政府がパンキシの住民に向ける視線も厳しくなっている。テロリスト掃討作戦は散発的に実施され、2017年12月には19歳の青年テミルハン・マチャリカシヴィリが殺害されている。というのも、前年6月にイスタンブールで起こった空港襲撃事件の首謀者アフメト・チャターエフ(2017年11月に掃討作戦により死亡)と頻回連絡をとっていたとされたからだ。だが、テミルハンの父は、自らの息子が無実であると抗議し、国会議事堂の前での座り込みやハンガーストライキを行った。実際にテミルハンがテロリストであったか、個人の心の内部に潜む「まだら」を知るすべはない。だが、この事件がパンキシの人々に、中央政府への不信感を強化するには十分だった。

それから1年半後の2019年4月21日、パンキシで計画されていたダム建設への反対運動がエスカレートし、治安部隊との衝突が起こる。建設を強行しようとした業者が治安部隊を伴って機材を搬入し、地域住民の反発を招いたのである。住民らは治安部隊に投石、また工事機材や警察車両に放火し、治安部隊は催涙ガスやゴム弾で応戦、最終的に治安部隊から38人、住民から17人の負傷者を出すに至った。政府がダム建設を(パンキシのみならずジョージア各地での反対運動にかかわらず)推進するのは、エネルギー安全保障という点はもちろんあるだろうが、政府が進めるブロックチェーン、特にマイニングを行うための電力開発が理由である、と反対派の間でまことしやかに囁かれている。さらには、ここにはダム建設の是非を巡って世代間対立といえるものも存在する。穏健派の親世代は賛成する一方、自らの意見を積極的に発信する若者世代には反対派が多いのである。

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