アステイオン

哲学

必ずたまたまウサギの穴へ落ちるために

2019年06月26日(水)
今井亮一 (東京大学大学院人文社会系研究科 博士課程・2014-15年度 鳥井フェロー)

Svetlana_Smirnova-iStock.

ルイス・キャロルの『ふしぎの国のアリス』には、アリスのこんな計算が出てくる――「えっと、4かける5は12、4かける6は13、4かける7は......あれ! これじゃいつまでも20にならない!」

この一見ナンセンスな計算に理屈を通した研究がある。キーワードはN進法だ。私たちは普段10進法を使っているが、例えば時間は60進法だ。だから64秒=1分4秒は、十の位ならぬ六十の位でひとつ位が上がったと考えて圧縮すれば、「64→14」(60×1+4)と書ける。あるいはコンピュータでは、0~9の10個の数字にA~Fを加えた16進法を使うことがある。この場合、10進法の10ではまだ位が上がらず「10→A」となり、「11→B」から「15→F」まで続いて、16でようやく位が上がって「10」(16×1+0)となる。

アリスは九九をしながら、18進法から始めて基数を3ずつ高めていると考えよう。4×5=20は18×1+2だから18進法では「12」。次は21進法にしつつ4×6=24だから「13」(21×1+3)。4×7=28は24進法だと「14」だ。この調子で4×12は39進法の「19」になる。だが次の4×13を42進法で表そうとすると42×1+10だから、コンピュータの16進法が10進法の10にアルファベットを使ったように「1A」となる。その後もずっと「1X」の形が続き、そう、いつまでも20にならない! アリスの言う通り!!

5月24日に「「語る」ということ、「わかる」ということ」の題で行われた学芸ライヴは、独立研究者の森田真生氏が、理解することをめぐる哲学者トマス・カスーリス氏の2類型――IntimacyとIntegrity――を紹介して始まった。このイベントは経済学者の玄田有史氏をコーディネーターに、異なる分野から招かれたゲストがほぼ打ち合わせなしに議論するというもので、当日はまさに臨場感溢れる「ライヴ」として、様々なトピックが語られた。もう1人のゲストである作家・川添愛氏がさっそくこの2類型を自身の経験に引きつけていたように、簡単に言えばIntimacyとは「友人とのおしゃべり」にも似た親密な共感にもとづく理解で、Integrityとは一貫した原理を学ぶ科学的・抽象的な理解だ。現代社会ではIntegrityが圧倒的に優勢であり、実際その恩恵は大きい。だがIntimacyを忘れてしまっていいのか? これがゲスト2人が提起した問題意識のひとつだ。抽象的な理論を物語として語り共感させてくれる川添氏の著作や、数学を身体的な営みへ捉え返して語る森田氏の著書は、まさにその実践だろう。数学というIntegrityの極致と思われるような学問でさえ、数えたり測ったりという身体に密接したIntimacyと表裏一体である。10進法が主流なのも、両手で数えられることと関わっているだろう。

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