アステイオン

日本

研究会:可能性としての「日本」

2018年10月10日(水)
鷲田清一(京都市立芸術大学学長・可能性としての「日本」研究会代表)

本書のあとがきでも書いたことだが、われわれの議論が最終段階をむかえようとしていたとき、佐々木さんがしみじみとこう口にした。「ぼくにとってもっとも新鮮だったのは、当時の日本人がいかに第一次世界大戦の現状を知らなかったかということです」、と。あるいは、山室さんは研究会を終えたいま、「第四人称」などという特異な言葉もそうだが、大正期のキーワードでもあった「民・声」「公・衆」「生・存」など、諸「可能性」の挑文(あやとり)を思想史研究の方法へと鍛え上げるべく「思詞学」というプロジェクトを立ち上げようとしている。メンバーみないい歳をしながら、まだ始点に立ったばかりといった思いを禁じえないでいる。

鷲田 清一(わしだ きよかず)
京都市立芸術大学学長
可能性としての「日本」研究会代表


 大正=歴史の踊り場とは何か 現代の起点を探る

 著者 鷲田清一、佐々木幹郎、山室信一、渡辺裕
    新雅史、堀まどか、五十殿利治、畔上直樹
    やなぎみわ、佐佐木幸綱、徳丸吉彦、鶴見太郎
 発行 講談社
 発行日 2018年5月10日(木)

 目次
 序――踊り場の時代に可能性を問う
 第一部 現代の起点としての「大正」
     学区――コモンセンスの成り立つ場所
     民生――生存権・生活権への出発
     震災――言葉の崩壊から新しい意識へ
     趣味・娯楽――民衆文化再編成への胎動
 第二部 踊り場としての「大正」
     サラリーマン・職業婦人・専業主婦の登場
     校歌――替え歌の文化が結ぶ共同体
     民衆と詩――文語詩から口語詩への移行
     地方学――「地方(ぢかた)」と「地方(ちほう)」そして「郷土」への眼差し


PAGE TOP