ユダヤ食品店人質事件やパリ同時テロには過激派組織ISが関係していたが、今回は沈黙を守っている。トラック・テロの背景からは、10%台を推移する失業率やイスラム系移民に対する排外主義の高まりなど、荒んだ社会風潮が浮かび上がる。84人の命を奪ったチュニジア系移民の凶行がフランス社会の対立をさらに尖鋭化させるのは必至だ。

 英国が欧州連合(EU)からの離脱を選択した国民投票をめぐっても、残留を訴えた英労働党の女性下院議員ジョー・コックスさんがテロリストの凶弾に倒れた。2つのテロの表層は異なるが、欧州では不気味なマグマが動き始めている。

【参考記事】弱者のために生き、憎悪に殺されたジョー・コックス

長引く非常事態

 オランド大統領は15日未明のテレビ演説で「犯行からはテロリストの性質を否定できない」との見方を示し、滞在先の南部アビニョンから急きょパリに戻って緊急会議を招集した。パリ同時テロで宣言した非常事態は今月26日に解除される予定だったが、さらに3カ月延長された。

 ヴァルス首相も「フランスはテロには屈しない。しかしテロと生きることを強いられる時代に突入している」と警告を発した。この事件が西洋とイスラムの対立を煽らないことを祈らずにはいられない。

 世界金融危機に端を発する欧州債務危機と、その後の緊縮策で欧州に亀裂が走り、低所得者や失業者の心は荒んでいる。景気が悪くなったギリシャやスペインでは失業率が高まり、反EUの急進左派が躍進、逆にフランスやオランダ、英国では移民問題がクローズアップされ、反イスラムの極右政党やポピュリスト政党が台頭した。

 そして英国は平和と繁栄のプロジェクトであるEUから離脱することになった。欧州はまさに崩壊の危機に瀕していると言えるだろう。

 イタリアの画家アンブロージョ・ロレンツェッティ(1290~1348年)のフレスコ壁画の傑作に『善政の効果』と『悪政の寓意』がある。欧州の政治支配層は人心を失っている。EUの宮中であるブリュッセルでは「欧州は一つ」という理念ばかりが強調され、加盟各国の政治は求心力を失った。『悪政の寓意』が恐ろしい姿を現し、民に苦しみを与えている。

 いま、欧州の政治指導者はブリュッセルではなく、自国民の声に耳を傾けるべきだ。自国のために何が必要かを真剣に考えなければならない。EUの共通政策に手足を縛られ、対応が遅れれば遅れるほど、事態はさらに悪化していく。英国のEU離脱から学ぶことがあるとするなら、欧州の団結は一つひとつの強固な国家の上にしか成り立たないということだ。