さらに性犯罪を起訴する立場にいる女性検事は、モンタナ大学が「有罪」の判定を下して退学を言い渡した男子学生を、無罪にするよう大学に訴えている。国の組織である司法省が入り込んで調べたところ、2008年1月から2012年5月までにレイプ被害者からの訴えに応じてミズーラの警察が捜査に乗り出したケースが350件あるのに、この検事はただの1件も起訴していない。

 このレイプ事件の真相に迫るノンフィクション『Missoula: Rape and the Justice System in a College Town』を書いたのが、『空へ―「悪夢のエヴェレスト」』や『荒野へ』といった、厳しい自然に挑戦する人々とその敗北を描いてきた作家ジョン・クラカワー(Jon Krakauer)だ。

 性被害のノンフィクションを女性作家が書くと、「またフェミニストが騒いでいる」と読みもしない人が多い。だが、本当に読んでほしいのは、そのような人々だ。アウトドア派の若者にファンが多いクラカワーが書いたことで、普段ならこうしたテーマを避けている読者の手に届くだろう。私はクラカワーに心から感謝した。

 作家としてのクラカワーの素晴らしいところは、レイプ被害者だけでなく加害者の視点を通じて、事件を身近に体験させることだ。読んでいるうちに、胸が痛くなり、涙が出てくる。被害者だけでなく、加害者の親としてのやるせない気持ちを体験するのは辛いものだ。

 でも、この「辛さ」を体験することが重要だと思う。

 多くのレイプは、普通の人が想像するような「夜道で見知らぬ男から襲われる」ケースではない。加害者と被害者が知り合いで、しかも、加害者が自分の行為は「レイプ」ではなくただのアグレッシブな性体験だと思っていることが多い。

 ポルノ映画の知識しかなく、体験があまりない若い男子学生は、相手が「ノー」と言って抵抗しても、病院に行くほどの怪我をしても、それが性体験の一部だと思いこんでいるふしがある。だから、被害者からレイプだと訴えられて心底驚く。そして、かえって自分が犠牲者だと思い込んだりする。 被害者がどれほど心的外傷を受け、生涯人間不信や不安発作などの心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむか、想像もしていない。本書でも触れているが、ポルノや男女の役割に関する社会的な信念などが間違った性知識を生み出している。

 また、ナイーブな新入生の女子大生を狙うパーティを計画する男子学生もいる。それを得意げに告白するのは、被害者が泣き寝入りするのを計算に入れているからだ。訴えて損をするのは騙された女子大生の方なのだから。