
だが今、かつて地方紙が担っていたような全国規模の報道力を持つ新聞は、事実上2紙しか残っていない。私が外国特派員としてキャリアを築いたニューヨーク・タイムズと、ウォールストリート・ジャーナルだ。
いずれも野心的な活動を行って利益を上げているが、この状況の中でいつまで持ちこたえられるだろうか。
特にニューヨーク・タイムズはそのリベラルな立場を理由に、トランプ政権からたびたび攻撃を受けている。多くの読者は、政治的に不安定かつ不確実性が増すなかで同紙が生き残りを優先し、慎重姿勢を強めつつあるのではないかと感じている。
この点について、私自身はまだ断言できない。だが、この問題に簡単な答えはないこと、安全策がやがて降伏に転じかねないことは分かる。
そして米第3代大統領のトーマス・ジェファソンが述べたように、力強く自由な報道がなければ民主主義は破滅することも知っている。
数十年前にポストの編集局に初めて足を踏み入れた私が目にしたのは、自分たちに知らないことがあるのを認め、それを探し出すという決意を持つ自信に満ちた組織だった。
その精神こそが民主的な営みを支えている。利害の衝突や慎重論の名の下に、それを手放すことを許してはならない。そんなことをすれば、本質的な何かが失われてしまったと気付く頃には、もう手遅れになっている。
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