「南山」──韓国中央情報部の暗黒史

ソウル市中心部に位置する南山(ナムサン)北西麓の芸場洞(イェジャンドン)は朝鮮時代に兵士が武芸を磨いた芸場があったことに由来するが、文禄・慶長の役で豊臣秀吉軍が陣を敷いたことから別名、倭城台(ウェソンデ)と呼ばれている。

日清戦争後の1897年、借地契約が締結されると在留日本人によって倭城台公園が整備され、1907年には統監府が建てられた。朝鮮王朝が日本人居住区として指定したエリアを一望できる高台で、いざというとき在留日本人を保護しやすい場所でもあった。1910年に総督府となり、その後は総督官邸、恩賜記念科学館を経て、韓国政府樹立後は国立科学館として使われた。

1961年に軍事クーデターで政権を掌握した朴正煕大統領は、同年、大韓民国中央情報部(KCIA)を組織した。主な任務は北朝鮮に対する諜報活動や工作活動だったが、スパイ容疑者や共産主義者、反政府活動家などを連行して拷問を行い、死に至らしめることも多々あったという。

1972年、芸場洞に6階建ての中央情報部南山本部が建てられた。冤罪で連行され死に至る人も多く、国民は「南山」と呼んで恐れ慄いた。連行された者の家族が連日のように集まったといい、非人道的な拷問が行われていた6局は、韓国語の6と肉の発音が同じことから「肉局」と呼ばれて恐れられた。

統一教会との関連も

中央情報部は国際的な事件も引き起こしている。1973年には東京千代田区のホテルグランドパレスで、朴大統領の政敵となりつつあった金大中を拉致して連行した。また1979年10月26日、金載圭(キム・ジェギュ)部長が朴正煕大統領を暗殺するという衝撃的な事件が起こった。この事件は韓国政治史の大きな転換点となった。

「南山」の職員は軍人から選ばれたが、初代部長の金鍾泌(キム・ジョンピル)は統一教会(現・世界平和統一家庭連合)も活用したという。中国や北朝鮮、北ベトナムなど共産主義国で反共電波を流した「自由アジア放送」(Radio of Free Asia, ROFA)は、統一教会がKCIAの支援を受けて設立したラジオ局といわれている。

1965年の日韓基本条約締結後、日本政府は芸場洞への大使館設置を要望したが、朴正煕政権が拒絶した。表向きの理由はソウル市民が統治時代を想起するというものだったが、この場所に日本大使館が設置されると、中央情報部による非人道的な拷問が明るみになる可能性があったためだ。韓国政府が隠蔽したい場所だったのである。

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