「合意なき離脱」に備えて多くの人が買いだめに走り、スーパーの棚は半分が空になった。私は「ホッジャ時代のアルバニアを思い出すか」と聞かれたこともあった(独裁の実態はそんな次元のものではない)。

だが、その後の世界はさらに激しく揺れた。ドナルド・トランプの初当選、世界的なパンデミック、ウクライナとガザの戦争、そして2期目のトランプ政権──。今では、あの頃のパニックが大げさに見える。

26年はブレグジット10周年に当たる。グローバル化が進む今、象徴的な意味で非常に重要な節目だ。あの国民投票は、国家同士が互いに遠ざかり、制度が個人の意思に左右され、法の支配が不可逆的に衰退する世界への回帰を告げるものだった。

26年も状況は大きく変わりそうにない。「主権を取り戻す」というブレグジット派のスローガンは、少なくとも主権という正当な論点を掲げる限り、一定の知的誠実さを保っていた。それが今では、完全な陰謀論へと変質している。コントロールなど不可能だ、外国人や「統合できない」人々が常に脅威となるのだから、という主張に変わってしまった。

未来には、不安とパラノイアの入り交じった景色しか見えない。安定成長が続くのは軍需産業だけで、技術革新は相互破壊の道具を洗練させる方向に進んでいる。そんな世界に希望を見つけろというほうが難しい。

カントが描いた欧州の道筋

ドイツの哲学者イマヌエル・カントは1784年の論考「世界市民的見地における普遍史の理念」で、歴史を暴力や不正の連続としてではなく、そこに道徳的な発展の筋道を読み取る方法を探ろうとした。

戦争の不合理さがかえって希望をもたらすと考えたカント