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主人公・すずが嫁ぎ先の食卓に「楠公飯(なんこうめし)」を出すシーン。配給が限られた食糧難の中でどのように生活したのか。状況に流されるように生きる戦時下の人々が描かれている。 © 2019こうの史代・コアミックス / 「この世界の片隅に」製作委員会

これ以外にも、作中では、あえて細かな説明をせずに描いたシーンが数多くあります。

私と同じく戦後生まれですが、原作者のこうの史代さんも同様で、あえて説明しないという信念が作中で貫かれており、説明が必要な知識は、自身で能動的に求めてゆくべきという前提とともに、「どのように戦争が行われた時代を理解してゆくべきか」という命題を投げかけられています。

── 受動的に情報を受けとり、それを事実として発信しがちな現代人にとっては、姿勢を正したくなるお話ですね。

片渕: 単に、おもしろかった、悲しかっただけで終わらせず、何が描かれていたのか、語られていなかったがそこにあったのは何だったのか、鑑賞者が主体性をもって現実と取り組むことで、戦争中の時代への理解を深められるのではないでしょうか。

2010年にこの映画を作り始めましたが、この15年の間に人々の情報の受け止め方も変化しているように感じています。現代の人は、「考えない、調べない、言われたまま鵜呑みにしてしまう」という、ある意味、戦時中のすずさんの姿に近づいているようにも思えてしまいます。

映画評論家の故・佐藤忠男さんは、戦争を体験された一人でしたが、この作品を観て「当時のそのままの空気がこの作品の中にある。人々が何も考えることなく順応していた、その様子が表現されている」と述べられていました。

戦争を知らない世代の私たちが当時の空気(人々の心理)を知るためには、受け身ではなく、主体的に読み解く姿勢が必要だと考えています。

「戦争の記憶の継承」は不可能だが...