アマゾン・ドットコムが、とうとうタブレット型の多機能情報端末を発表した。

 まだか、まだかと業界関係者が何ヶ月も前から待ちわびていたが、これでアップルのiPadの真の競合機が出現したというところだろう。

「キンドル・ファイア」と名付けられたそのタブレットをまだ実際には触っていないので、使い心地などについての評価は今後にまわしたいが、非常にアマゾンらしいアプローチでタブレットに取り組んだと思う。

 今回発表したのはアンドロイドOS搭載のタブレットで、価格が何と199ドル。iPadの499ドルと比べると6割も安い。もちろん、カメラがついていないとか、マイクロフォンがないとか、削られている要素はある。しかし、電子書籍リーダーとしてはもちろん、他のメディア視聴、それ以外のメール、ウェブ利用なども十分にできる。

 しかも、タブレットだけでなく、今回は電子書籍リーダーのキンドルも新機種を2つ発表した。電子インクのモノクロ画面のキンドルが、ボタン操作のもので79ドルから、タッチパネル操作は99ドルからだ。

 ただ、今回の発表の核は、そうしたタブレットのハードウエア機器にあるのではない。

 日本でアマゾンと言えば、書籍や日用品を販売するオンライン・ショップという位置づけだろう。アメリカでも、確かに数年前まではそうだった。だが、現在のアマゾンは以前とはすっかり異なった企業になっている。物販とメディア配信の両方を手がけるメガ・ハブになったということだ。

 メディア側では、電子書籍購入だけでなく、映画のストリーミングもできるようになっている。音楽もMP3のダウンロードに加えて、クラウドから楽曲を再生するクラウド・プレーヤーも提供し始めた。物販側では、オムツからファッション、カヤック、エキササイズ・マシーンまで、ありとあらゆるモノがそろっている。マゾンのサイトにアクセスさえすれば、いながらにして欲しいモノだけでなく、視聴したいメディアも手に入るというわけだ。コンピート・ドット・コムの調べでは、アマゾン・サイトへのアメリカの1日のユニークビジター数は8134万人に達する。

 今回のタブレットは、そうしたアマゾンのサービスのすべてをこのタブレットひとつでやってもらおうということである。CEOのジェフ・ベゾスが「タブレットと呼びたいのならそれでもいいけれど、僕たちはサービスと呼びたい」と言ったが、まさにこのタブレットはそうしたサービスへの入り口、サービスの一環であるということなのである。

 私は、アマゾンという会社はアップルのように格好よくはないものの、革新性ではかなりすごいと見ている。このタブレット発表ではっきりわかったのは、アマゾンはハードウエア機器、インターネット、物理的なモノ、デジタル・コンテンツのすべてをサービスという概念の下に組み替えるという、新しいことをやっている点だ。

 そのひとつの現れが、たとえば電子書籍の価格設定だろう。アマゾンの電子書籍は10ドル以下という激安価格で売られているのだが、これはひとつの商品の中で採算を合わせようとするのではなく、サービスという大きな枠組みで捉えて元が採れるようにしているから可能なことだ。そのサービスの中には、テクノロジーの助けを借りてロジスティックスを究極まで効率化していることも含まれる。

 これを紙の書籍と値段がほとんど変わらない日本の電子書籍と比べてみると、日本では従来のモノがデジタルに切り替わったものの、それがただ同じ枠組みの中で平行移動しているだけではないだろうかと見えてくる。アマゾンが描き出そうとしているような、組み替え後の新しい枠組みのようなものは感じられないのだ。

 一気に3機種も発表したというのも、なかなかにすごい。家庭に一台、いや一人に一台配って、アマゾンのサービスにアクセスしてもらおうというわけだ。その面では、ハードウエア機器はすでに汎用品という扱いだろう。

 ハードウエア好きの日本人は、たとえばアップル製品のもつ美しさに見とれてしまいがちかもしれない。だが、ハードウエアはもはやモノとしての価値よりも、その背後の何にアクセスできるか、どんな枠組みの中に配置されているかの方が重要だということだ。

 かつてウォークマンで一世を風靡したソニーは、インターネット戦略に乗り遅れてアップルのiPodやiTunesに先んじられたというのは、よく知られた話。だが、アマゾンはどうもさらにその先に戦場を作り出しているように見えて仕方がない。