これは人権にかかわる、つまり人の命にかかわる問題です。

昨年、震災100年でいろいろな人の話を聞いたが、在日3世の人が「災害が起きて避難所に100人集まったとして、救援物資が90人分だったら除外されるのは自分だろう。自分はいいとしても自分の子供がそうされたら辛い」という話をしていた。

怖くて避難所に行けない在日コリアンがいるなかで、「震災虐殺があったのか分かりません」という態度を都知事が取ったり、『In-Mates』を上映してはいけないと都の人権部が言うとしたら、人権行政を信じられないと絶望的な気持ちになる人は多いと思う。

「差別は人を殺す」と言われるがそれは明白なことで、例えば厚生労働省などの統計を見ても在日コリアンの自殺率は高い。彼らは生まれたときからずっと否定的なメッセージを受け取っている。朝鮮人は汚いとか、今は多少よくなったが、「韓国人は嘘つきだ」といった本の広告が電車に並んでいたりする。それで精神的なストレス受けない方がおかしいですよ。

朝鮮人虐殺については日本人の側も、少なくとも殺すのを見ている人や実際に手を染めた人たちもトラウマを抱えたと思う。そうした加害者や、日本人は優しくて残虐なことはしないと信じていて、そのアイデンティティーが崩壊するようなことは否定したいと思う人たちを救うためにも歴史をちゃんと説明した方がいい。

こういう背景があったから、こういう虐殺事件が起きたと説明し、彼らが歴史に向き合えるようにするのも行政の役割だ。もちろん歴史研究者の役割もありますが。

これは今後、東京をどうしていくのかという話にも通じる問題だと思う。外国人との共生やダイバーシティーについて考えていくべき時に、外国人に冷たい、弱者に冷たいメッセージを送り続けている首長でいいのかということです。

【関連記事】
ニューズウィーク日本版 台湾有事の新シナリオ
2026年4月21号(4月14日発売)は「台湾有事の新シナリオ」特集。

米・イラン戦争で変わる地域紛争の「大前提」/石油危機を恐れるべき理由

※バックナンバーが読み放題となる 定期購読はこちら
※画像をクリックするとアマゾンに飛びます