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ジュスティーヌ・トリエ監督 ©YANN RABANIER

──そういう微妙な点について、主演のヒュラーにはどんな演技指導を?

とにかく謎解きゲームにしないでって頼んだ。ミステリーというジャンル映画で定番のばかげた謎解きゲームにだけはしたくないと。

観客にも、犯人が誰かなんて考えさせたくなかった。

だから、とにかく無実って感じで演じてほしいと言った。

もしかして犯人?と思わせちゃいけない。

絶対に私は殺してない。そう言える人物になり切ってもらった。

──50セントの曲「P.I.M.P.」をスチールドラムで演奏したバージョンを何度も流しているのはなぜ?

最初の脚本では、ドリー・パートンの「ジョリーン」を使う予定だった。

でも撮影の1カ月前にエージェントから「この曲は使わないで」と言われた。ショックだった。

法廷の場面では、この歌の詞をやたら分析することにしていたので。それを全部やり直さねばならなかった。

50セントのこの曲は、3年前から私のコンピューターに入っていて、何度も聴いていた。

それに、あまり知られていないバージョンだった。

オリジナルの曲を使おうとしたら、きっと使用料が高すぎて手が出なかったと思う。それに、重すぎたかもしれない。

次善の策だったけど、結果としてはよかった。

──長年のパートナーであるアルチュール・アラリも共同脚本家として参加している。この映画のようにまさに芸術と実生活が混在しているが、他人のアイデアを盗む盗まないの話は彼とした?

そうね、まだ私が若くてフランスの美術学校に通っていた頃は、「誰かに自分のアイデアを盗まれた」みたいな話をよく耳にした。

でも経験を積んだ今は分かる。他人のアイデアを盗むなんて、絶対にできっこないと。

映画を撮るとき、もちろんテーマは大事だけれど、もっと大事なのは形、スタイルだと思う。

小説でもそうだけど、中身よりスタイル。

子供が死んだ、ママが死んだ、パパが死んだみたいな映画や本はたくさんある。でも、それだけじゃ面白くないし、オリジナリティーもない。

素材の拝借みたいなことは、私とアルチュールの間でもあるけどけんかにはならない。

いまアルチュールが書いてる脚本には、私の母の話が出てくる。

それで「なんで私のことを?」って聞いたら、彼は「いいじゃないか。面白いし、単なる挿話さ」って。

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