批判とは悪口や非難のことではない

哲学では、このようにカントの答えから新たな問いを立てることを「カントを批判する」と言います。批判するという言葉は、人の悪口を言ったり、人を非難するという意味ではありません。カントの考えたことを吟味し、検討するという建設的な意味です。

したがって、私たちがカントを読むなかで、次の違いが生まれます。

「わからないこと」を知らない

     ↓

「わからないこと」を知っている

このふたつには大きな違いがあるのです。

たとえば、学校の授業を例に取りましょう。先生が「わかりましたか?」と聞いてくれたとき、「うーん、わからない所がわからない」という自分の位置がもやっとしてわからない状態と、「先生、ここがわかりません」と言える自分の位置がはっきりとわかっている状態とでは、大きな違いがあるでしょう。

    

何がわかっていないのかを知り、言葉で表現する

哲学も同じなのです。自分は何がわかっていて、何がわかっていないのかを知ること。それを知ることに重きを置くのが哲学であると言えます。そして、このわかっていないことをさらに考え、考えたことを言葉で表現しようとする試みが哲学なのです。

このように、哲学は、人間や世界について、私たちにはまだ「わかっていないこと」が多くあると教えてくれます。そして、その「わかっていないこと」を知るために、私たちは新たな問いを立てるのです。

人間や世界は、「わからないこと」、つまり神秘で満ちており、その神秘はきらきらときらめいている。哲学を通して、「世界は美しい」と私たちが思えるのは、その神秘のきらめきゆえだと私は思うのです。

関野哲也(せきの・てつや)・哲学博士(Docteur en Philosophie)/文筆家/翻訳家 

1977年、静岡県生まれ。フランス・メッス大学哲学科学士・修士過程修了後、リヨン第三大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は宗教哲学、言語哲学。特にウィトゲンシュタイン、シモーヌ・ヴェイユ研究。留学後、フランス語の翻訳者・通訳者として働くが、双極性障害を発症。その後、ドライバー、障がい者グループホーム職員、工場勤務などを経験。現在は「生きることがそのまま哲学すること」という考えを追求しながら、興味が趣くままに読み、訳し、研究し、書いている。著書に『池田晶子 語りえぬものを語る、その先へ』(Amazon Kindle)がある。

 『よくよく考え抜いたら、世界はきらめいていた

  関野哲也[著]

  CCCメディアハウス[刊]

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