最初は誰だか分からなかったものの、次第に記憶が蘇ってきた。


「先生、ほんとにバスの運転士になったんだね。授業中の雑談で『もしかしたら何年かのち、先生はバスの運転士になっているかも』って言ってたけど、あれは冗談ではなく、本当だったんだね。驚きました」(144ページより)


「僕はいま専門学校で整備士になるための勉強をしています。整備士になれるように頑張ります。先生は、先生をしていたときよりイキイキしてるね。先生口調は変わらないけど。それじゃ」
 吉本君は微笑んで颯爽とバスから降りていった。
「先生をしていたときよりイキイキしている......か」
 私は高校教師時代、時代の変化とともに、自分の言葉が生徒に届いていないのではないかと感じていた。けれど、届いている生徒にはきちんと届いていたのだ。そのことが、バスドライバーになった今なぜかとても嬉しい。(145ページより)

著者はこのあと、身体的な事情によりやむなくバスドライバーの仕事を辞めることになる。そのことに触れる文脈からは本人の無念が伝わってくるが、とはいえ、教師からバスドライバーへの転職が間違ったものではなかったことは、こうしたエピソードからもよく分かる。

だから、最終ページを閉じてからもしばらく、温かな読後感が残るのだ。

バスドライバーのろのろ日記

 須畑寅夫 著

 三五館シンシャ

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[筆者]

印南敦史

1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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