グーグルが、中国からの撤退を示唆したことを、どう考えればいいのか。本誌1月27日号が特集を組んでいます。

 一般論で言えば、インターネットの検索内容に介入する中国政府のやり方は許し難いですし、言論統制に戦う姿勢を見せたグーグルには拍手を送りたくなります。グーグルの社是は「Don't be evil」(邪悪になるな)。その通りに行動したということなのですから。

 その一方で、だったらなぜ最初から中国政府による統制・介入と戦わなかったのか、中国市場に参入してみたが収益が上がらなかったので、撤退の理由に言論統制を掲げたのではないかという意地の悪い見方もできます。

 インターネットが登場した当初は、「インターネットによってさまざまな情報が世界を行き交い、世界はひとつになる」というバラ色の未来が語られました。

 しかし、実際には中国のように、ジョージ・オーウェルが描いた『1984』が現実になってしまいました。これを、どう見るのか。

 本誌国際版編集長のファリード・ザカリアは、「本気で世界の大国になりたいなら、中国は対外的な順応性を示し、世界を覆う現代的な潮流を受け入れるべきだ」と主張します。

 また、ビジネス担当のダニエル・グロスは、「21世紀に繁栄を遂げるためには、優れた『ソフトウェア』が欠かせない。そして優れたソフトウェアをつくるためには、物だけでなく、情報の流通を後押しすることが必要なのだ」と、中国が情報統制を続ける限り、中国には「成長の限界」が訪れると指摘します。

 その一方で、ジャーナリストのマーチン・ジャクスは、ザカリア流の論調に異論を唱えます。

「中国を欧米型国家の卵としてではなく、独自の流儀と歴史を持つ国家として捉えた上で理解に努めない限り、今後も誤解が連続するだろう」「インターネットは思想や情報の自由な交換という文化の精髄であり、政府による制約を受けず、その利用は世界に広がっている。これが欧米の考え方だ。だが中国政府は、ネットの検閲や規制は可能だと証明している」と。

 こうした多様な見解を読むことができるのが、本誌のいいところ。とはいえ、このままでは終わらせないと編集部は考えたのでしょうか。最後に本誌テクノロジー担当のダニエル・ライオンズが、こう締めくくっています。「インターネットはどの国よりも大きな存在だ。中国のような大国でもかなわない」と。

 結局、本誌編集部の「語らざる本音」は、このあたりにあるのでしょう。中国は欧米とは異質な国家であり、欧米の常識で未来を予測しては間違う。しかし、インターネットの力は、国家でも制御しきれない、と。

 平然と「何でもあり」の商売を繰り広げてきた中国に、本誌の良識ある記者たちの常識が、果たして通用するものなのか。私はいささか疑念を持つのですが、そうは言っても、本誌の分析に代わるものを私が持っているわけでもないのが、辛いところなのです。