ウォーシュの理事在任期間は、金融業界が史上2番目の壊滅的な経済危機に見舞われた時期と重なり、この激動期に彼は冷静沈着なリーダーとして実績を築いた。ゴールドマン・サックスの当時のCEOロイド・ブランクファインは「動じない人物」と評している。特に確かな情報を提供してくれる者と自己利益のみを追求する者を見分ける能力は抜群だった。
ウォーシュに対する最も手厳しい批判は、権力欲が強く政治的風向きを気にしすぎるというものだろう。FRB理事時代はインフレに厳しい強硬なタカ派だったが、今は金利引き下げを強く支持している。これは利下げに執着するトランプに忖度した出世目当ての変わり身なのか、それともウォーシュの中で根本的に何かが変わったのか。
ウォーシュは常々、ニューヨーク州北部での幼少期に経済知識の大半を身に付けたと語っている。当時から彼が卓越したエコノミストだったことを物語る逸話がある。
高校時代にサラトガ競馬場で公式プログラムを販売していたウォーシュは、8人の客にそれぞれ異なる8頭の馬に賭けるよう勧めていた。さらに予想だけでなく、「幸運の鉛筆」なるものも売り付けていた。
レースに出走する馬は8頭なので、そのうち1頭は必ず勝つ。だから客の1人も必ず勝ち、ほぼ例外なく「幸運」の謝礼として多額のチップをくれた。ウォーシュは賭けに「ヘッジ」(損失回避策)をかけることで、常に自分を勝者の立場に置いていた。