菅氏は官房長官として数々の危機管理に成功し、豪腕の名をほしいままにした。第2次安倍政権発足直後に見舞われたアルジェリアのテロ事件では、小走りに官邸に駆け込む官房長官の映像が強いリーダーシップと責任感を感じさせた。

不祥事が発生した場合、閣僚であろうと有無を言わさず更迭する采配も、政権の守護神としての地位を不動のものにした。

しかし首相を守る立場の官房長官と、ほかでもない自分自身に政権の命運が委ねられる首相とでは、危機管理の手法も、国民に語り掛けるべき内容も異なる。

官房長官としては飛んできた矢を1本ずつ折ればいい。しかし首相がなすべきは、3本の矢の背景にある国民の視線に、自らの言葉で応えることだ。その説明にこそ国民は首相の人格とインテグリティー(高潔性)を見いだす。

これまで官房長官から首相になった政治家は菅氏を含め10人いるが、優れた官房長官が名宰相になるとは限らない。接待現場を撮影された総務官僚の弛緩と油断は、総務省に築いたはずの菅氏の「庭」が実は「箱庭」にすぎなかったのではないかという疑念を生じさせている。

菅氏の豪腕が「箱庭」で生まれ共有された幻想にすぎないのか、それともコロナ禍の日本を救う本物なのか。問われているのはその本領だ。

<本誌2021年2月16日号掲載>

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