とはいえ、アメリカ人の多くが硫黄島記念碑に抱く敬意は、報復と断固たる決意の表現が理由ではない。明らかに、別の何かが作用している。

この点を理解するには、後方の人物像に目を向けなければならない。彼らは、あたかも天に手を伸ばしているかのようだ。その頭上には星条旗が翻る。

最後方の兵士は旗ざおをつかもうとしているが、手が届きそうで届かない。その姿は、バチカンのシスティナ礼拝堂にあるミケランジェロの有名なフレスコ画『アダムの創造』で、神に向かって腕を伸ばすアダムを連想させる。

彼らは「手にできないかもしれないものを必死に探り、天の力に助けを求めて」いると、記念碑を手掛けた彫刻家フェリックス・ド・ウェルドンは、1954年に行われた除幕式で語った。「逆境の中では誰もがその力を必要とし、その導きなしでは私たちの努力は実を結ばないだろう」

そうした神の導きを象徴するのが、頭上の星条旗だ。

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自身の作品を持つ故ローゼンタール(2000年) DAVID HUME KENNERLY/GETTY IMAGES

イラクで掲げた星条旗

言い換えれば、硫黄島記念碑の真のテーマは米海兵隊でも日本軍に対する勝利でもなく、第2次大戦とも関係がない。真の意味を付与するのは星条旗だ。アメリカで硫黄島記念碑が熱烈に愛されている本当の理由は、神と国家の融合体という側面を持つ星条旗というシンボルにある。

第2次大戦の記憶の解釈をめぐって欧米間に大きな隔たりがあるなら、これこそが核心にある問題の1つだ。

両者はそれぞれ、第2次大戦から全く異なる教訓を学んだ。大戦に先立つ30年代、ヨーロッパは愛国心の誇示がはらむ危険に全面的にさらされた。その後に吹き荒れた暴力の時代に、熱狂的なナショナリズムが制御を失ったらどうなるかを身をもって体験した。

結果的に、国旗は極めて慎重に扱うべき象徴になっている。戦後のポスト植民地時代の欧州では、国旗に対して過剰な情熱を示せば、懐疑の目で見られるのが普通だ。外国の領土に国旗を打ち立てる行為を賛美する記念碑など、まず考えられない。

対照的に、アメリカでは裁判所や学校や政府機関、公園、住宅の敷地、車、衣服と至る所に国旗があふれている。NFL(全米プロフットボールリーグ)の試合前には国旗への賛歌にほかならない国歌「星条旗」が斉唱され、子供たちは学校で国旗に対する忠誠の誓いを暗唱する。

ベトナム、イラクで掲げられた星条旗
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