
「家族のように迎えてくれて感動」
高島は大阪大学インドネシア語学科に在学中に1年間休学してインドネシアを訪問。中国にある同様の回復村での経験を生かしてジャカルタ近郊タンゲランのリポソスを訪れたのがインドネシアと長く関わるきっかけになったという。
国立インドネシア大学でのワークショップには名古屋・南山大学外国語学科からの留学生、伊藤妃渚(ひな)(21)も駆けつけて高島と一緒にインドネシア人学生への展示パネルの説明などを行っていた。
2017年8月に東ジャワ州ナンガット村の「リポソス」に初めて入った時、「自分は嫌われると思ったが最初の訪問にもかかわらず家族のように歓迎してもらい、ハンセン病の方の生の姿に接することができて感動した」と話す伊藤。大学卒業のため日本に戻ることになるが「またインドネシアに戻ってきて活動を続けたい」と将来への思いを話す。
ワークショップ初日の4日には会場に彼女のほかに3人の日本人留学生も駆けつけた。立命館大学経営学部の嶋川寿美玲(21)、金沢大人文学部の風間万理(22)、山梨県立大国際政策学部の井出麻乃(19)は、高島の活動に影響を受け、リポソスを訪問するなどしてインドネシアが直面するハンセン病問題の課題と直面してきたという。
ワークショップを訪れたインドネシア人学生のアンケート結果によると、インドネシア語で「Kusta(クスタ)」というハンセン病に関しては大半の回答者が「知っている」と回答するものの、具体的な知識になると「不治の病」「感染の危険がある」など不正確なケースが多く「まだまだ啓もう活動の必要性がある」(高島)との思いを新たにしたという。
「ハンセン病が完治して一般の村で生活している人も、病気などで近くの病院を訪れても、見た目で判断されて治療を拒否されることが今でもある。そういう人は結局リポソス近くのハンセン病患者がよく訪れる病院までわざわざ行かなければ治療を受けられないのが現実だ」と話す高島、インドネシアでの「ハンセン病患者、元患者と共生できる社会の実現」を目指す活動はまだまだこれからだ。
