アンソニー・ボーデインは、決して単なる料理人ではなかった。食と人間の関係をほとんど誰にもまねできない形で理解し、伝え、自ら体現さえした文化人だった。

1998年にマンハッタンの有名店ブラッスリー・レ・アールの総料理長に就任し、数々の著作を発表。2018年、61歳で自ら命を絶った。彼の死で生じた文化の空白はいまだに埋まっていない。

新作映画『トニー』(日本未公開)は原点にさかのぼり、後に料理界の異端を代表することになるボーデインの若き日々に焦点を当てる。自伝的実録『キッチン・コンフィデンシャル』(邦訳・土曜社)を基に、19歳の彼がマサチューセッツ州プロビンスタウンで過ごした夏を追う。

当時、バッサー大学に在学中のボーデインは学内の選抜制の創作プログラムに落ちたため、恋人を追ってケープコッドへ行き、レストランで働き始める。そこでシェフの指導を受け、大学を辞めてCIA(米国料理学院)に入る。

ボーデインを演じたドミニク・セッサは、予備知識なしでこの役に臨んだ。「自分の中にあるボーデインのイメージに合わせようとはしなかった」と、セッサは言う。

この作品に説得力があるのは、私たちの知るボーデインの面影が、既に19歳の彼の中に見えるからだ。ひっきりなしにたばこを吸い、ぶっきらぼうで、口が悪い。

彼は料理界の「異端児」で、料理を教える人というより、むしろロックスターだった。料理の作り方の知識よりも、その料理を実際に体験することを重んじていた。

欠点も含めて「ありのまま」を描き出す
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