Jonathan Saul Marwa Rashad Ahmad Ghaddar
[ロンドン 30日 ロイター] - エジプト領海内で、ガス輸送タンカー2隻がドローン(無人機)攻撃により損傷したことを受け、近隣のスエズ運河と「SUMEDパイプライン」を巡るエネルギー安全保障への懸念が再燃している。これらは米・イスラエルとイランの戦争が始まって以降、サウジアラビア産原油の重要な輸出ルートだ。
イランとイエメンの親イラン武装組織フーシ派は、ホルムズ海峡や紅海のバベルマンデブ海峡を通航するタンカーへの攻撃を続けているが、エジプトのスエズ運河とSUMEDパイプラインはこれまで、サウジの紅海沿岸から北へ向かうエネルギー輸送の比較的安全な代替ルートとして機能してきた。
地中海に近いナイル川デルタの支流沿いに位置するエジプト北部ダミエッタ港で29日に発生したタンカー攻撃については、現時点で犯行声明を出した勢力はなく、スエズ運河を標的とする脅迫も公表されていない。ただ、この海上交通の要衝であるスエズ運河への潜在的なリスクが、市場の懸念を強めている。
コンサルティング会社MSTマーキーのエネルギー調査責任者を務めるソール・カボニック氏は「たとえ地中海経由のより長い航路を利用したとしても、(スエズ運河やSUMEDパイプライン経由の)紅海ルートの安全性が損なわれる可能性がある。そうなれば、現在ホルムズ海峡を回避して輸送されている日量最大約500万バレルの原油供給が脅かされる」と指摘した。
かつて世界の原油・液化天然ガス(LNG)供給の約5分の1が通過していたホルムズ海峡では、現在通航するタンカーはごくわずかだ。サウジは戦争勃発後、原油輸出の大半を紅海沿岸のヤンブー港へ振り向けた。しかし先週以降のフーシ派による脅迫や攻撃により、多くのタンカーがヤンブー港からバベルマンデブ海峡を通航するルートの利用を停止している。
調査会社ケプラーのデータによると、サウジ産原油をはじめとする貨物の輸送は、紅海を北上してスエズ運河やSUMEDパイプラインへ向かうケースが増えている。
これはアジアの顧客にとって、従来のバベルマンデブ海峡からアデン湾を経由する場合に比べて、アフリカ大陸を迂回するという、より長い航路になることを意味する。
紅海と地中海を結ぶSUMEDパイプラインの地中海側終点であるシディ・ケリル港からの原油積み出し量は、フーシ派が7月20日に「バベルマンデブ海峡経由でのサウジ原油輸出阻止」を表明する以前の4月の1952万バレルから、7月には2879万バレルへ増加した。
船舶追跡サービスのマリントラフィックのデータに基づくと、30日時点でスエズ運河北端のポートサイド沖には約30隻が待機しており、週前半の約20隻から増えている。
エネルギー分析会社ボルテクサのジョージ・モリス氏は「紅海で積み荷を載せた後、北上する原油・コンデンセートタンカーが明らかに増えている」と述べ、その背景としてフーシ派の脅迫を挙げた。
ケプラーのデータでは、原油は依然としてバベルマンデブ海峡を経由して南方へも輸送されていることが分かる。ただその量は月初めに比べて約半分に減少しており、ヤンブー港からの積み出しのうち南向けは6月の81%から現在は43%まで低下した。
多くのタンカーが同海峡の通航を避ける中、中国船籍を含む一部の船舶はフーシ派から通航を認められている。また位置情報発信装置を停止したまま航行するタンカーも増加しているという。
こうした中でS&Pグローバル・エナジーのアリー・ブレイクウェイ氏は「ダミエッタへの攻撃が直ちにスエズ運河への脅威を意味するわけではない。現段階で市場は運河の通航障害を織り込んではいない」と語った。
実際、攻撃後の30日に原油価格は下落した。トレーダーらがホルムズ海峡を巡るイランとオマーンの協議に反応したためだ。
スエズ運河庁はコメント要請に回答していない。
<長く不確実な輸送ルート>
イランは、米国によるイラン関連のタンカーを封鎖している間は、中東地域からのエネルギー輸出を全面的に停止させると警告し、「地域から一滴たりとも原油を輸出させるべきではない」と主張している。
フーシ派は、全てのサウジ関連船舶に対する封鎖を宣言。この定義には、ヤンブー港で積載した原油を地中海へ運ぶ船舶が含まれてもおかしくない。
またフーシ派とイランはいずれも、イスラエルへの攻撃を繰り返してきたことで、スエズ運河地帯がドローンやロケット弾の射程内にあることを示している。距離が長いため迎撃の余地は大きいものの、脅威そのものは無視できない。
価格情報会社アーガスのLNG価格責任者、マーティン・シニア氏は「(射程圏内という)事実だけでも保険料上昇につながりかねない」と話す。
同氏は「エジプトでの攻撃を受け、保険会社はスエズ運河に対する追加戦争危険保険料を引き上げる可能性がある。地域の海運やエネルギーインフラへのリスクが高まったためだ」と述べた。
海事安全保障関係者によると、海運会社各社はすでに、スエズ運河近郊のエジプト地中海沿岸港湾における船舶の警備体制を見直し始めている。
エジプト国内では、今回の攻撃をもってスエズ運河の危険性が高まったと見る向きは必ずしも多くない。スエズ運河庁元理事のワエル・カドゥール氏は「運河は24時間体制で厳重に警備・防護されている」と説明した。
今回の攻撃以前から、中東産原油は世界市場へ到達するまでの輸送ルートが、より長く、複雑で、コストのかかるものになりつつあった。
ボルテクサのモリス氏は「6月にはヤンブー港からの貨物がアジア向け海上原油・コンデンセート輸入の約15%を占めていた。混乱が長期化すればアジアの製油所への影響は大きい。バベルマンデブ海峡経由からスエズ経由へ切り替えると、北東アジアまでの航海日数は2倍以上となり、到着はおよそ1カ月遅れる」と解説する。
さらに、大量輸送には別の課題もある。超大型原油タンカー(VLCC)は喫水が深すぎるため、満載状態のままではスエズ運河を通航できない。このため一部の原油をSUMEDパイプライン経由で輸送し、地中海側で再積載する必要がある。
それでもなお、スエズ運河とSUMEDパイプラインを通じた輸送量には拡大余地がある。
先週シディ・ケリル港から積み出された原油は日量140万バレルで、過去最高の週平均である日量210万バレルや、SUMEDパイプラインの処理能力の日量250万バレルを下回っていた。
モリス氏の話では、今後数週間で約10隻のVLCCがシディ・ケリル港で積み込みを行い、その多くはアジアの製油所向けになる見通しだ。
こうした輸送余力と、ホルムズ海峡やバベルマンデブ海峡の先行き不透明感を考えれば、現在の危機下でスエズ運河が極めて重要な輸送ルートとなっていることは明らかで、その運用に何らかの脅威が生じれば市場への影響は甚大となる。
海事安全保障会社ドライアド・グローバルのコーリー・ランスレム最高経営責任者(CEO)は「運河周辺で攻撃が発生すれば、戦争危険保険料は大幅に上昇する。またこの地域に対する安全保障評価そのものが大きく変わることになる」と述べた。
ケプラーの主席運賃アナリスト、マシュー・ライト氏は「スエズ運河の混乱は、ほぼ即座に価格へ影響を及ぼす。航海の長期化や運賃上昇によるインフレ圧力は、ほぼ直ちに消費者へ転嫁されるだろう」と警告している。