頼りないけど憎めない
科学者である彼が「打ち壊せる」のは、せいぜい自分を監視する屈強なボディガードの無表情な「殻」くらいのもの。グレースは太陽のエネルギーを奪う微生物を観察するための実験装置を手作りしようと、監視役のカール(ライオネル・ボイス)をDIYショップへの買い物に付き合わせる。しだいに心を開いたカールは、その店でグレースと一緒にバカなおふざけをする。
相手の警戒心を解いてしまう人柄はグレースの「強み」だろうが、アクションヒーローとしては頼りない。
グレースは謎めいた男でもない。それは本人も自覚していて、エイリアンのロッキー(ジェームズ・オルティスがパペット操作を担当)に「僕はしゃべり過ぎなんだ」と打ち明ける。グレースが地球上で着ていたカーディガンや宇宙船内で着る科学系ネタTシャツも、親しみやすいヒーローにふさわしい。「ちょっとダサい服」を選んだと、衣装デザインの担当者は言う。
ヘイル・メアリー計画は、地球を救う最後の手段として、太陽系外の恒星に調査に向かう片道ミッションだ。この計画を率いるエヴァ・ストラット(ザンドラ・ヒュラー)は任務に全てを捧げる冷徹な指導者だが、調査船の発射前に開かれた仲間うちのパーティーでは普段の彼女とは違う顔を見せ、カラオケで切々とバラードを歌う。
グレースは彼女の歌声に聞き惚れ、盛んに「君が好きだ」オーラを発するが、2人が恋愛関係になることはない。ゴズリングもヒュラーも、2人の間にあるのはプラトニックな感情だろうと解釈している。ただし「互いの頭脳に引かれ合っているんだ」と言うゴズリングに、ヒュラーは「一緒に仕事をしていても恋に落ちるとは限らない」と素っ気ない。
過去には恋人がいたが今はいないと、グレースはロッキーに打ち明ける。だがゴズリング級のイケメンに、地球で帰りを待つ人がいないというのは少々信じがたい。
服の趣味や教師という職業、ダジャレ好きといった要素以上にアクションヒーローらしくないのは、その人間らしくも弱気な性格だ。
操縦席につきコンピュータに「パイロットを検知しました」と言われるたび、グレースは「検知してない! 僕はパイロットじゃない!」とむきになって抗議する。
グレースはヘイル・メアリー号に乗りたくて乗ったわけではない。乗り込むはずだった科学者が事故死したため、代わりに乗せられたのだ。
家族もいないし、あなた以上の代役はいないとストラットに説得されても、グレースは任務を拒否した。ストラットはそんなグレースに薬を盛り、眠ったところを無理やり宇宙船に乗せた。
危険な任務を断るのは、生存本能として理解できる。また神話学者のジョーゼフ・キャンベルが論じた通り、「召命の拒否」は昔から英雄譚に付き物だ。
もっともグレースが任務を断るのは受け身な性格のせい。彼はもともと分子生物学者で、地球外生命体に関する論文を批判され、研究者の道をあきらめた過去がある。
教師に転身したグレースは忍耐力やコミュニケーション能力、複雑な科学理論を中学生に分かる形で説明するスキルを培い、これがロッキーとのチームワークを可能にする。だが教師というのは、他人に持論を疑問視されたり論破されたりすることが極端に少ない職業でもある。
ライターのリア・シュネルバックはSF専門誌リアクターで、「映画はグレースのように親身な教師の大切さを示す」と書いた。「一方でグレースにとって教職は、敗北が待っていたかもしれない研究職からの逃げ道でもある」
もちろん、こうした弱さがあるからこそグレースは成長できる。ロッキーと絆を結び、やがてわが身を犠牲にしてでも友を救おうとする。
想像してほしい。グレースが最初から物怖じせず、何でも1人でできる男だったら? 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』ではなく『オデッセイ』になってしまうだろう。
『オデッセイ』は同じくアンディ・ウィアーの小説を基にしたSF超大作。事故で火星に取り残され、科学を武器に生き延びようとする宇宙飛行士マーク・ワトニーをマット・デイモンが演じた。
PROJECT HAIL MARY
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
監督╱フィル・ロード、クリストファー・ミラー
主演╱ライアン・ゴズリング、ザンドラ・ヒュラー
日本公開中
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』予告編映像
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【note限定公開記事】ヘタレなヒーローと異星人のコンビが世界に灯す希望...映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は異例づくめの大ヒットを記録中
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