4月20日、三陸沖でM7.7の地震が発生した。1968年の十勝沖地震(M7.9)の震源域との重なりが指摘され、専門家は「割れ残り」による更なる大規模地震への警戒を呼びかけた。
思い起こされるのはあの日のことだ。東日本大震災から14年。現地では、何が起きていたのかーー震災直後の被災地で、検案業務にあたった法医学者・高木徹也氏が、その実態を伝える。
本稿は著書『私たちはなぜ死ぬのか 法医学者が語る「永く、よく生きるための技術」』(CEメディアハウス)の一部を抜粋・再構成したものです。
6日間で130体のご遺体を検案
私は、ご遺体の状態によって感情を動かされることはありません。どのような状態のご遺体であっても、重要な所見を見逃さないように仕事をすることが大事だと考えていますし、実際そうしています。東日本大震災の業務でもそのように努めていました。
しかし、このときの業務は肉体的にだけでなく、精神的にもかなり堪えるものでした。東京に戻っても気分が優れず、食も進まない状態が続いたのです。
私は最初の3日間は北の石巻方面、残り3日間は南の亘理方面で検案を担当しました。私たちのチームが現地に入ったのは震災直後だったので、生存者の救助が優先されていた時期です。ご遺体の数はそれほど多くありませんでした。
しかし派遣期間の後半になると、次から次へとご遺体が収容されて、体育館には検案を待つご遺体が最大300体ほど並ぶ状態に。最終的には、私1人で6日間かけて合計130体ほどのご遺体を検案したと記憶しています。
流れは次のとおりです。
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