結局、そのようなパワーゲーム優先的な環境では、マチズモ的価値観に基づいた諸事の運行が「実際的に」有利となる。男女の関係でも「相互尊重のパートナーシップ」うんぬんというお題目は次第に無効化し、「オスとメス」の関係の最適化に収斂してゆく。
そのような観点から見ると、高市首相の内外に対するもろもろの「しぐさ」にはいろいろと考えさせられる要素がある。乱世における女性性とは何か。それをどう活用するのが「正解」なのか、あるいは「勝ち」なのか。時代が文化性よりも野性を重視する方向に流れているだけに、これは気になる。
ある意味、最大の問題は、こうした意識構造の変化や誘導に対して、教養や理性の立場、いわゆるインテリ知識層が、有効に対抗できるアイデアや言葉を持たない(持とうとしない)あたりなのかもしれない。ヤバいトレンドは着実に進行しており、それは冷戦期やポスト冷戦期の「良識」で牽制できるものでなくなりつつある。実際どうなるのか、私は観測を継続したい。

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