<イラン人質事件でカーター大統領が「リスク過大」と退けた空挺降下作戦が、今再び現実味を帯びる>

米国防総省が今週、米陸軍第82空挺師団から約1000人規模の部隊を中東に派遣する計画を確認したことで、半世紀近く未完のまま封印されてきた「対イラン軍事オプション」が再び動き出した。

1979年、イラン革命でシャー(国王)体制が崩壊し、武装勢力がテヘランの米国大使館を占拠する中、米国の作戦担当者は、地上部隊の迅速投入を含む複数の軍事シナリオを水面下で準備していた。

第82空挺師団は同年11月、人質救出作戦への投入を想定し、警戒態勢に入った。

しかし、出撃命令が下されることはなかった。カーター大統領は、地上部隊の投入がもたらす政治的・戦略的な代償の大きさを踏まえ、これを見送った。代わりに選択されたのが、後に「イーグルクロー作戦」と呼ばれるヘリコプターを用いた特殊作戦だったが、これは砂漠での衝突事故により無残な失敗に終わる。

重要なのは、当時から「地上部隊による突入」という選択肢そのものは検討の俎上に載っていたという事実だ。ただ、その実行がもたらすであろう壊滅的な結果を危惧し、歴史の闇に葬られたのである。

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