キャサリン(マーゴット・ロビー)は荒野の岩陰で自慰にふけり、ヒースクリフと2人、納屋で使用人が興じるSMプレイをのぞき見る。観客を欲情させ、登場人物(と監督)の破廉恥な行為にニヤリとさせるための仕掛けだ。

だが何度も繰り返され、監督の引き出しが少ないことが露呈するにつれて、こうした仕掛けの効果は薄れていく。

何より作中の無慈悲な仕打ちをフェネルが「合意の上の性的プレイ」に変えたことで、原作の切れ味が失われた。結果的に本作は、刹那的に性の喜びを満喫する美男美女の話と化した。

一方、キャラクターの心情を鋭く捉えたシーンもある。エロルディ演じるヒースクリフは繊細すぎるように思えるが、ロビーは恐ろしく身勝手で好感度の低いキャサリンを見事に体現した。

例えば家族を不幸にした酒浸りの父(マーティン・クルーンズ)が死んだ場面。キャサリンは泣いていたかと思うといきなり立ち上がり、遺体を蹴飛ばす。意表を突いた演出に、思わず笑いが漏れた。

フェネルの作品らしく美術は凝っていて、デザインセンスは斬新。古いロマンス小説の表紙にキラキラのファンシーグッズをちりばめたような雰囲気だ。

意図的にキッチュに作り込んだ映像もいい。傷心のヒースクリフが夕陽の中へと馬を駆る場面では、真っ赤な空にその黒い影が浮かび上がる。

退廃をまとうヒロイン