
「命の賞味期限」を考えた
47歳で、ニューヨークにジャズ留学した。音楽家としての僕は、1代目、2代目を経て、今3代目だ。
歌舞伎で言えば、初代(1代目)はポップスの時代。2代目は眉間にしわを寄せ、ジャズしかやっちゃ駄目だと邁進していた。これはこれで続行中だが、今はジャンルを超えた3代目の襲名披露の最中とでも言うべきか。
アメリカでジャズを続けてきて、そのエンタメのからくりが多少は分かった。前作のアルバム『Class of ’88』が全米のジャズラジオチャートで24位になった時、万感の思いがしたと同時に、24位になったところで何も変わらないことを知る。時がたつとすぐに印税の振り込みがなくなるし、お金がなくなってくると心もすさむ。
しかしこの間の喜びは、愛犬ぴーすとアメリカ大陸を横断し、いろんな街に降り立ち、ライブをして、そこで直に音楽を伝えられたこと。ラジオで曲がかかる。それには人の尽力があり自分の力だけじゃかなわない。
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