やがてジェームスがエマたちに細かい質問を始めた。
インプラントと他の避妊具との使用率のデータはあるかい?
インプラントを望む女性はなぜそれを選ぶんだろう?
現在インプラントを使用している女性がすでに平均何人の子供を持っているかデータはある?
その度にエマたちは資料をひっくり返したり、コンピュータにアクセスしたり、時には残念そうに首を横に振ったりした。
ジェームスは温厚な調子でこう言った。
「フィードバックはとっても重要だと思うんだ。僕もみんなもお互いに色んなデータを知っていた方がいいし、それはバランガイの人たちにも知らせた方がいい」
彼は本当にクレバーな人間で、短い表現でずばりと活動のあるべき方向を示すのだ。
「我々はその上で選択肢を並べてみせることしか出来ないんだと思うよ。なんにせよ強制は絶対によくないことだから」
そう言ってからジェームスは座ったまま巨体をわずかにこちらへよじり、眼鏡越しのくりくりした目を俺の胸あたりに向けて言った。
「この場所に関してはインフラ重視ではなく、どこにでも出かけていけるモバイルクリニックを厚くしているんだ。で、もう一人医師を補充出来れば子宮頸癌のプロジェクトにも着手出来る」
ジュニーが横で大きくうなずいた。
雨音
ジェームスたちがエマからさらに具体的な医療に関する聞き取りを始めたので、俺はよくわからなくなって入り口近くの受付あたりにふらっと戻った。外から強い雨音がした。ドアは半分以上開け放たれていた。プラスチック椅子に若い女性患者が二人来ていて、ともに赤ん坊を抱いていた。電気はつけられておらず、空気は湿気っていた。
やがて受付の女性が小さく鼻歌を歌い出した。それが雨の音と重なると自分の気持ちまで湿ってくるように感じた。バイクが行き過ぎる音がした。鶏が鳴いた。鼻歌はまだ続いている。
五十五歳の俺は暗がりに立ち、自分が子供であるように今度は肌全体で実感していた。雨の日にいじけた気持ちになって一人で部屋で留守番していた思い出が、ほとんど思い出でなくその時間そのものとなってなぜか異国で俺を包んでいるのだった。
俺はもう俺ではなく、いや逆に本当の俺は子供で見知らぬスラムにおり、それが想像上の豊かな国に住む中年の俺を一瞬夢見ているようにも思った。暗がりと雨と女性の鼻歌と赤ん坊の匂いがそうさせていた。
雨は続いた。
<続く>

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。