「私たちフィリピンは『ノーコンフリクト』なの。事を荒立てない方を選ぶ。従順が美徳だから」

それを聞いて俺はそこにも日本と同じ問題が横たわっていることに気づいたのだった。視界に広がるスラムの奥の、きわめてフィリピン的な古風さが、そこに生きる人々の枷(かせ)になっていた。

話し続ける人々

ヴィアネにひとまず8ヶ月の活動へのねぎらいの言葉をかけてから、俺は部屋に戻った。人々はふたつの群れに分かれていた。

ひとつはリーダーであるジョーダンの周囲に自然に出来た群れで、その真ん中でジョーダンが熱っぽく質疑応答を繰り返していた。

もう一方はジュニス医師を囲む数人で、こちらはごく静かにゆっくりと小声で話していた。東洋の賢者といった風体だった。ジョーダンとやり方は違うが、人を惹きつけていることに変わりはなかった。

そして二人は時おり会話をした。それを俺たちは熱心に聞いた。

彼らはいわばトップ会談をしているのだった。

バランカイの複雑な人間関係について賢者はしゃべった。対して熱い西洋の改革者は世界の保守傾向と難民について語った。

新しい政権のもとで、その意見交換がいつ「共謀」と取られるかわからない状況が彼らに訪れ、目の前の女性や子供をひたすら守ろうとしている彼らの背後にもまた、困難が覆いかぶさっていた。

それでも臆することなく、時に冗談を言いあって笑いながら彼らは持ち寄った食べ物と飲み物を分け、長い時間話し続ける。

俺はその様子をメモに取り続けた。 

俺に出来ることは限られていた。

彼らの姿を記録すること。

そして彼らの視線の先に、またあのドーハ発羽田行きQR812で隣に座っていた青年を見出すこと。

【参考記事】ギリシャまで、暴力や拷問から逃れてきた人々


俺の中に何度も何度も彼を出現させること。

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続く

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いとうせいこう(作家・クリエーター) 1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。