キョンハは本を書きインソンは映画を撮ることで、離れた場所から悲劇を見つめる。一方、インソンの母ら生存者は悲劇のただ中で、喪失を抱えたまま生きる。その強さに娘たちは戸惑い、頭を垂れる。
顔に積もった雪は死の印だ。生者の顔に落ちた雪は、すぐに溶けて消えるのだから。
『別れを告げない』の雪は複数の意味を持ち、終盤に向かって小説は詩に近くなる。海と違い、雪は死者を押し流したりしない。キョンハが構想する映画では、「白い布のような雪が空から降ってきて」死者を包んでくれる。
生者にとっては「永遠と同じくらいゆっくりと雪片が宙から落ちてくるとき、重要なことと重要でないことが突然、くっきりと区別される」。
小鳥を救おうと雪の中を進みつつ、キョンハは雪の結晶がほこりや灰を核として成長することを思う。「雪と地面の間の距離が無限ならば雪片も無限に大きくなるだろう」
小説の中で降る雪の結晶も、さまざまな意味をはらんで大きくなる。それは死、尊厳、時間、記憶、明晰さ、平和、命そのもの。『別れを告げない』は肌に触れた瞬間溶けてしまう雪のようにはかなく、精緻で美しい奇跡だ。
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