「危ない人」の心の中は見えない。しかも、「危ない人」はできるだけ目立たないように振る舞う。そのため、これから犯罪を行う「人」を発見することは極めて困難だ。さらに、まだ犯罪を行っていない「人」を犯罪者扱いすることは人権侵害にあたる。要するに、「危ない人」を特定することは実際上難しく、倫理上許されないのだ。そのため、「不審者」という言葉を使っているのは、世界中で日本だけである。

対照的に、犯罪機会論は「人」には興味を示さない。問題にすべきは「場所」なのである。そして、多くの実験と調査によって、犯罪が起きやすい場所は「入りやすく見えにくい場所」であることが証明されている。

前述したように、インターネットは「入りやすく見えにくい場所」の典型だが、リアルな犯行現場も、もちろん、「入りやすく見えにくい場所」になるのがほとんどだ。つまり、身近な地域でも「危ない場所」は、誰もが入りやすく、誰からも見えにくい場所なのだ。ほとんどの犯罪は、この「入りやすく見えにくい場所」で起きている。言い換えれば、犯罪者は、犯行場所として、「入りやすく見えにくい場所」を選んでいるのだ。

「どこでもよかった」わけではない
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