この原理に従うなら、試験場での不正行為を防止するには、受験生の前で試験監督するより、後ろにいた方が、抑止効果は大きいことになる。受験生は実際には見られていなくても、監督者の視線を気にせざるを得ないからだ。

昔の監獄のデザインは、このパノプティコンに基づいている。例えば、高倉健主演の映画『網走番外地』で有名になった網走監獄も、同じコンセプトで設計された。現在、明治以来使われてきた建物が移築され、東京ドーム3.5個分の野外博物館になっている。
木造平屋の放射状舎房の中央見張所からは、5方向に延びる通路がすべて見通せる。その通路の両側に受刑者の部屋が並ぶので、大量の受刑者を少人数で監視できるわけだ。


また、オーストラリアの旧メルボルン監獄もパノプティコンに基づいた設計だ。ここも今は、歴史的建造物として一般公開されている。幽霊観光ツアーの名所だという。写真は、ゴールドラッシュに伴う犯罪者の急増に対処するため、1852年に建てられた独房棟である。



フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、見られているかもしれないと思わせるパノプティコンは、監獄だけでなく、管理システムとして近代社会の隅々にまで及んでいると指摘した。確かに、防犯カメラ網が張り巡らされた現代社会は、パノプティコンの世界なのかもしれない。
しかし、時計の針は戻せない。好むと好まざるとにかかわらず、防犯カメラというハイテクの目は増殖していくだろう。だとすれば、防犯カメラのマイナス面をケアしていく必要がある。
防犯カメラに見守られながらも、防犯カメラを見張る──そんな絶妙なバランスこそ、安全と自由の両立をもたらすに違いない。
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