しかし一般人すなわち有権者から見たら、著しい反社会性を持つカルトは信教の自由の保障から逸脱する存在であり、そのカルトとの関わりが忌避されることなく漫然と続いていた点に、単なる政治的付き合いの域を超えて、特定宗教に対する「援助、助長、促進」があったのではないかという疑念が生じている。

反カルト法は必要なのか?

神社本庁、創価学会、日本会議といった巨大団体が伝統的家族観などの点で与党の政策に強い影響力を及ぼしている現代日本の政治において、旧統一教会の存在感を過大評価してはならないが、さりとてオウム真理教と比較にならない政治との距離感を過小評価してもいけない。

長期にわたるカルトとの弛緩した関係が元首相暗殺の背景にあったことが国民的焦点になっているのだ。自民党が自らの不明と油断を反省するならば、カルトとの断絶を宣言するだけでなく、地方を含めて政党としてのコンプライアンスを抜本的に強化すべきだろう。

これに対して、カルト側からの政治への関与を放置してよいのか。反旧統一教会の世論を背景に、フランスの「セクト規制法」(アブー=ピカール法)のような反カルト法の導入について議論が始まっている。

「社会的少数者による結社の自由」と「信条を理由とする差別禁止」への配慮を前提とした上で、既にある宗教法人法の解散命令制度とは別に、例えば、不法行為による人権侵害を反復継続する反社会的「セクト性」が高い団体で、かつ「外国の影響」下にある団体を「特定対象団体」に指定し、当該団体について政治献金を禁止し、財務会計処理、特に国際資金移動の実態を透明化させる立法措置であれば、国民主権の見地からも許容されるだろう。

オランダの哲学者スピノザが言うように「宗教の礼拝及び敬虔の実行」は国家の「平和と利益に適合的になされなくてはなら」ない(福岡安都子訳)のだ。

政治と宗教という領域間で保たれてきた相互の尊重と市民的寛容の精神は、民主政の基本的土台である。カルトによって惹起された社会的混乱が民主政の土台を切り崩す「カルトによる負の弁証法」とも言うべき事態に対抗する政治回路を打ち立てなければならない。

それはテロのもたらした喪失と恐怖を乗り越えるためでもある。

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