しかし「第2自民党」の試みは、これまで失敗し続けている。1990年代の新進党や2000年代前半の民主党、そして2010年代の希望の党は、いわば旧来の保守勢力に対して新自由主義的な保守勢力を糾合した「第2自民党」をつくる試みであったが、それらは無惨な結末を迎えている。「改革合戦」という維新のスローガンも、2000年代前半当時、小泉純一郎政権の新自由主義改革に対して、民主党が掲げていたそれを彷彿とさせる。
「第2自民党」の必要性が訴えられるとき問題なのは、野党が最優先で取り組むべき仕事なはずの、国政のチェックという役割が等閑視されてしまうことだ。馬場代表は、アメリカの二大政党制をモデルにしているという。しかしアメリカでは民主党も共和党も野党になれば国政を厳しくチェックし、その政策の問題点や不正について政府を激しく批判する。大統領のスキャンダルも追及している。政府を厳しく批判しない野党は、与党の補完勢力となってしまう。それが、これまでの「第2自民党」がことごとく失敗に終わった理由でもあるだろう。
一方で特定の政党を存在論的に否定しながら、他方で「第2自民党」を目指すという馬場発言は、行政府に対する立法府の役割を機能不全にさせかねない。これは信念の問題ではない。少なくとも「なくなったらいい政党」という言葉については、潔く撤回すべきだろう。