<大詰めを迎えているカタール大会だが、政治を持ち込むなという呼びかけはほとんど意味をなさない>

11月20日に開幕したサッカー・ワールドカップのカタール大会が大詰めを迎えている。この原稿が出る頃にはベスト4が出そろっているだろう。

私自身、子供の頃は地元のクラブでボールを追いかけていたサッカー少年で、1994年に初めて見たアメリカ大会のことをよく覚えている。そこから数えて8回目の観戦だ。

だがカタール大会は、招致の際の汚職疑惑、同性愛の禁止、関連する建設現場での移民労働者の死亡(英ガーディアン紙は6500人以上と報道し、大会組織委員会のハッサン・アルタワディ事務総長は400~500人と発言)など数々の問題が指摘されている。

その一方で、批判的な声を封じる言葉も聞こえてきた。

FIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長とファトマ・サムラ事務総長は「今はサッカーに集中しよう」という連名のレターを出場国宛てに送付した。

日本サッカー協会の田嶋幸三会長も「サッカー以外のことでいろいろ話題にするのは好ましくない」「今はサッカーに集中するときだと思っている」と同様の発言をしている。

FIFAは言葉で抑制をかけるだけでなく具体的なアクションも起こした。

同性愛者差別などへの反対を示す「ONE LOVE」と書かれた虹色のキャプテンマークの着用の動きにはイエローカードを出すと発表し、着用を予定していた7チームは着用の断念へと追い込まれた。

プレッシャーをかけたのはFIFAだけではない。

イラン代表選手らは1試合目のイングランド戦で国歌を歌わず、「ヒジャブの不適切な着用」を理由に拘束されたマフサ・アミニさんの死亡に始まる抗議デモへの連帯を示した。

その後、イラン当局が選手たちを監視し、家族を脅して国歌を歌うよう強要していたことが報じられた。続く2試合目のウェールズ戦で選手たちは国歌を斉唱する。会場にはその様子を見て涙を流すイランサポーターの姿もあった。

さて、インファンティーノ氏や田嶋氏は「サッカーに集中」と言っていた。だがこの場合「集中」していないのは一体誰なのか。

ワールドカップを見ながらサッカーだけを見ることなどできない