第3に、現体制が権力維持のための大規模な武力行使に消極的なこと。習がソ連の崩壊から学んだ最大の教訓がこれだ。指導者は軍を完全に掌握し、いざとなれば武力行使を躊躇してはならないと、習は考えている。ソ連が武力を行使しなかったのは自殺行為であり、天安門事件で軍を使った結果、中国共産党は救われたというわけだ。
最後に、権力の共有と民主化を促す政治文化が育っていること。そのためには活力ある市民社会、教育を受けた中間層、政治権力の分散が必要だ。独裁政権下のポルトガルやチェコにはそれがあったが、ソ連や1949年の中国には存在しなかった。
天安門事件や今回の抗議行動は、もっと多元的な政治システムを望む声が中国でも多いことを示している。だが、まだ十分とは言えない。
今のところ、中国は89年のベルリンより79年のプラハに近いようだ。しかし、習体制は信頼を失った。中国の市民社会にとって大きな一歩だ。
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