チフスの流行で命を落とした15歳のアンネ・フランク
44年11月、ソ連軍がアウシュビッツに迫ってきた時、ユダヤ人の楽団員は列車でベルゼン収容所に送られた。アルマはそこで亡くなった。故意の食中毒やボツリヌス中毒か、事故か誰にも分からない。45年1月~4月中旬までに飢餓や過労、疾病で3万5000人以上が死亡した。
チフスの流行で命を落とした15歳のアンネ・フランクもいた。
オーケストラ3番目のアコーディオンに150人が応募した。オーディションに落ちるのは死刑宣告と同じだった。別の機会に入団を断られた売春宿主人だった女性の恨みを買った可能性もある。オーケストラ担当の女性看守と緊密だったアルマに反感を持つ収容者も少なからずいた。
セバ氏は筆者に「生き延びる希望を持つことができたという感覚こそがアルマが楽団員に与えた最大の贈り物だった。なぜ私たちは希望にしがみつくのか。それは次世代にとってより良い世界を作りたいという希望なのではないか。希望とは非常に強力な感情だ」と語った。
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