世界がスウェーデンに抱く「モデル国家」という虚像

2020年11月5日(木)18時30分
アンドルー・ブラウン(ジャーナリスト)

高信頼社会は常にそうした裏切りに弱い。平時には同調主義のおかげで無難に過ごせる。人々はルールを守る義務を感じる。スウェーデン人も他の北欧諸国の人々同様、すべきこととすべきでないことを強く意識する。皮肉にも、この社会の不文律に対する同調性と社会・国家への順応性によって、パンデミックの中でスウェーデンは紆余曲折の末に自由意思論者(リバタリアン)にもてはやされるようになった。

良くも悪くも「モデル国家」

スウェーデンがモデル国家になったのはほとんど偶然だった。1930年代、スウェーデンは北欧一の工業先進国で、ドイツ文化圏に属していたが、第1次大戦で中立国だったおかげで敗戦による社会的打撃を免れた。そのためスウェーデンの社会民主主義は、ドイツの社会民主主義のようにナチズムと共産主義の板挟みになってつぶれずに済んだ。当時、英米の左派思想家にとって、スウェーデンは未来へ続く黄金の道、共産主義と野放図な資本主義との「中道」を示しているように思えた。

スウェーデンの政治家たちは喜々として同調した。彼らは自分たちのプロパガンダを自ら信じた。そのプロパガンダは、社会民主主義の数十年間、スウェーデンばかりか欧米じゅうで自明の理となった。スウェーデンは人類の進化の頂点、開かれたヨーロッパの最も輝かしいモデル、豊かで平和で民主主義でアウトサイダーに寛大な国、というものだ。

しかし同時に、至る所の保守派にとっては恐ろしい警告にもなった。当のスウェーデンの保守派も含めてだ。筆者が「文化的マルクス主義」という言葉を初めて聞いたのは1980年代前半。ストックホルムの右翼の弁護士が自国政府を評してそう言ったものだ。しかし、彼のような考えは当時は全く相手にされなかった。非難すらされなかった。あまりに極端で当時の世論の許容範囲を超えていたのだ。

だが、この弁護士の例から分かるように、コンセンサスのように見えるものは実際には同調主義だ。

そこで重要なのは、誰もがあるイデオロギーに賛同し、それを信じなければならないと感じること。どんなイデオロギーかは、さして重要ではない。1980年代に社会民主主義が機能しなくなったと見て取ると、誰もが(社会民主主義者でさえ)市場メカニズムの信奉者に宗旨替えした。

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