アスリートに忍び寄る、遺伝子治療を応用した「遺伝子ドーピング」とは

2018年4月24日(火)20時30分
松岡由希子

<遺伝子治療の研究がすすむにつれて、スポーツの分野に、遺伝子治療法を応用した「遺伝子ドーピング」が広がるおそれが懸念されている>

アスリートが競技成績を向上させようと薬物などを使用して身体能力を強化するドーピングは、フェアプレイの精神に反するだけでなく、副作用によって選手の心身に悪影響を及ぼすこともあることから、オリンピックをはじめ、数多くの競技大会で厳しく禁止されてきた。

従来、筋肉増強作用のあるステロイドや興奮剤、骨格筋への酸素供給量を増加させる意図で輸血する「血液ドーピング」などがその代表例であったが、近年、遺伝子治療の研究がすすむにつれて、スポーツの分野にも、遺伝子治療法を応用した「遺伝子ドーピング」が広がるおそれが懸念されている。

特定の遺伝子を筋肉細胞に注入した「シュワルツェネッガー・マウス」

遺伝子ドーピングとは、遺伝子治療法により特定の遺伝子を筋肉細胞などに注入して、局所的なホルモン生成を可能とすることをいう。これが初めて話題となったのは、いわゆる「シュワルツェネッガー・マウス」だ。

1998年、米国のリー・スウィーニー博士らの研究チームは、筋肉増幅を制御する遺伝子「IGF-1」を筋肉に移植し、高齢マウスの筋力を27%向上させることに成功した。

世界規模で反ドーピング活動を推進する国際機関「世界アンチ・ドーピング機関(WADA)」では、2002年3月、遺伝子ドーピングに関するワークショップを初めて開催し、2003年1月1日以降、WADAの禁止物質・禁止方法を列挙した「禁止表」に遺伝子ドーピングを含める措置を講じている。

また、2004年には、最先端の遺伝子治療法やドーピングの検出法などについて研究する「遺伝子ドーピング専門部会」を創設し、現在、スウィーニー博士もその一員として参加している。

検知することは難しい

しかし、遺伝子ドーピングを検出するのは、極めて難しいのが現状だ。たとえば、赤血球の産生を促進して酸素運搬能力を高める造血因子「エリスロポエチン(EPO)」の製剤を不正使用した場合、現在の検査技術でもこれを検知することは可能だが、体内でのEPOの生成を促す遺伝子を注入した場合、EPOそのものは体内で生成されたものであることから、ドーピングとして検知することは難しい。

このほか、DNAを除去したり変更することでヒトのゲノムの一部を編集する「CRISPR」や「CRISPR-Cas9」といった遺伝子編集技術も、遺伝子ドーピングの手法として応用される可能性が指摘されている。

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