区切りを迎えたトルコのシリア介入:「ユーフラテスの盾作戦」の終了

2017年4月6日(木)18時30分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

PYDも事態をよく把握しており、マンビジュを政権軍に引き渡すだけでなく、アフリーンにもロシア軍を駐留させ、トルコ軍を抑止していると言われている。

ロシア軍はアフリーンへの軍事施設設立は否定している。また、3月12日にクルド人中心のマンビジュ市民委員会はマンビジュの自治を宣言した。クルド人が支配するジャジーラ地方、コバニ、アフリンに次いで4つ目の自治区となることを宣言した。ただし、この自治に関してはPYDとクルド国民評議会によって設立されたクルド人最高委員会の許可を得ていない単独行為と見られている。いずれにせよ、トルコ軍の撤退により、マンビジュは政権軍およびPYDの影響力が高まることは確実と言える。

各国の思惑

それでは現状でシリアに関与している各国の思惑はどのようになっているのだろうか。
まずアメリカの思惑はPYD・PYG中心のIS掃討と中東へのオフショア・バランシングである。上述したアンタルヤ会議にダンフォード統合参謀総長が参加したのに続き、3月末にはレックス・ティラーソン国務長官がトルコを訪問し、エルドアン大統領、ビナリ・ユルドゥルム首相、チャヴシュオール外相と会談した。トルコ側はアメリカに対してPYD・YPGへの援助を止めるよう説得したがアメリカの方針は変わっていない。

一方で、オバマ政権期から進めてきた中東から一定の距離をとりつつ、地域大国を中心とした同盟国への影響力を行使する戦略―オフショア・バランシング―をより一層進める可能性がある。ただし、中東においてどの国もしくはアクターがアメリカの利益を請け負うのか、中東におけるロシアの影響力の高まりをどこまで許容するのかといった問題の答えは見つかっていない。

ロシアの思惑は現体制の存続と、ISおよび反体制派の一掃である。ロシアはISと並んでトルコなどが支援する反体制派の中にもテロリストが含まれていると見ている。イラン、レバノンのヒズブッラーと共にアサド政権を支えているロシアは現体制(必ずしもバッシャール・アサド大統領の存続にはこだわっていないとも言われている)の維持、存続を最重視している。そして、その最大の障害がISと反体制派と見ている。

また、シリア北部でシリアの国境線を変えることなく一定の自治獲得を目指し、同じくISと反体制派と対立するPYDをISおよび反体制派一掃のキープレイヤーと見なしている。反体制派の一部を敵視するロシアであるが、昨年6月29日の発表にあるように、トルコはロシアと関係改善し、政治、経済、国際関係などの分野で関係を強化している。トルコとロシアの良好な関係にシリアの問題がどのような変化をもたらすのか、もたらさないのか、精査が必要である。

シリア領内で影響力を失いつつあるトルコだが、いまだにラッカへの参戦には意欲を見せている。「ユーフラテスの盾作戦」以降もトルコはシリア領内に残っているが、その目的はアフリーンとジャラーブルス間のクルド地域の領土獲得の阻止である。また、可能であればシリア北部に飛行禁止区域を作り、300万人以上が流入している難民の一部をその飛行禁止区域に帰還させた考えがあるが、この飛行禁止区域設置の実現性は遠のいているというのが実情だろう。

クルド勢力はアフリーンからカーミシュリーに至るシリア北部での領土と自治の獲得を目指している。彼らはISへの対抗勢力ということで国際的な正当性を高めたが、それが時限的、つまりISが消滅すれば自分たちの価値が低下することを認識している。

そのため、ISが存続している間にシリア北部での領土と自治をアサド政権とアメリカやロシアを含む国際社会に認めさせることを目指している。いずれにせよ、ラッカでのIS掃討作戦はクルド勢力にとっては千載一遇のチャンスと言えるだろう。

4月4日にはアサド政権が北西部のイドリブ県で毒ガスを使用した疑惑が持ち上がり、国際社会はシリア、そしてシリアを支援するロシアへの批判を強めている。アサド政権は毒ガスの使用を否定している。

エルドアン大統領はこの件についてロシアのプーチン大統領と電話会談を行い、非人道的な兵器の使用は受け入れられないと伝えると共に、12月に締結した停戦の継続を強く望むが、こうした行為は停戦を危機に陥らせると述べたと報道されている。チャヴシュオール外相は、シリア政府を強く非難するとともに、2013年の夏にも同様の事件が起きたが、欧米諸国は動かなかったとアメリカをはじめとした国際社会の対応にも不満を述べている。

2016年6月末の停戦以降、シリア情勢においては利害が一致しないものの、協力関係を深めてきたトルコとロシアの関係も含め、当面シリアをめぐる各国の利害調整と対立は続くだろう。

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