泉田新潟県知事はなぜ原発の安全審査に反対するのか

2013年8月6日(火)21時31分
池田信夫

 新潟県の柏崎刈羽原子力発電所について、東京電力が原子力規制委員会の安全審査を受けることについて、地元の柏崎市と刈羽村は了承する方針を決めた。東電は新しい安全基準に合わせる工事を進めているが、新潟県の泉田知事は安全審査に反対して設備工事の申請書の受け取りを拒否している。

 泉田知事は「県と東電との合意がない」と言っているが、原子力行政は国の所管であり、県に許認可権はない。彼は新基準で新たに設置が義務づけられたフィルター付ベントの設計を問題にしているが、これは高度に技術的な問題であり、素人の知事が設計がいいとか悪いとか判断できる問題ではない。それを審査するのが規制委の仕事である。

 こんな調子でいろいろな関係者が反対したら収拾がつかないから、原子炉等規制法などでルールが決まっている。地元の合意が必要なのは立地のときだけで、それ以後の運用はすべて国の所管である。地元との安全協定は単なる紳士協定で、法的拘束力はない。東電は安全審査を申請する方針を取締役会で決め、8日にも申請する構えだ。

 泉田氏は経済産業省の元官僚だから、県が許認可権をもっていないことぐらい知っているはずだ。それなのに「安全審査を申請するな」と東電の経営に介入するのは、違法な行政指導である。規制委の田中委員長も手を焼いて「他の自治体の首長が納得している中、泉田氏はかなり個性的な発言をしている」と言っているが、これは彼のわがままに対する皮肉だろう。

 こういう状況をまねいたのは、2011年5月に、菅首相(当時)が中部電力の浜岡原発を停止しろという法的根拠のない「お願い」をしたことが発端だ。そのあと定期検査を終えた九州電力の玄海原発についても、経産相が再稼働を了解したのに首相が「再稼働を認めない」と言ったため、全国の原発が定期検査後も運転できなくなった。

 といっても、再稼働を禁止する省令や閣議決定が出たわけではない。そんな命令を出す法的根拠がないからだ。この2年以上の間に、原発の再稼働について出されたのは、2011年7月の「ストレステストを行なうことが望ましい」という非公式のメモだけだ。それを受けて多くの原発がストレステストをやって合格した。

 それなのに、いまだに全国の52基の原発が止まっているのはなぜだろうか? 電力会社が役所やマスコミの「空気」を読んで止めているためだ。経産省がストレステストの結果報告を受理しないため、手続きが進まない。行政訴訟を起こせば電力会社が勝つことは確実だが、電力会社は出さない。拙著『「空気」の構造』でも書いたように、日本は法律より「空気」の拘束力のほうが強い国なのだ。

 泉田氏は、原発の再稼働にも反対している。その理由は「福島第一原発事故の検証が終わっていないから」というのだが、政府と国会の事故調査委員会が最終報告を出して原因を究明し、国連などの調査も終わった今、何を検証するのか。これは何の具体的内容もない「反対のための反対」といわざるをえない。

 こうしている間にも、原発の穴を埋めるために原油やLNG(液化天然ガス)の輸入が増え、今年は貿易赤字が3兆8000億円も増えると推定されている。火力発電所で毎日100億円ずつ燃やしているようなものだ。これはGDP(国内総生産)の0.8%近くにあたる。これから電気代にはね返ると、日本経済への影響も大きい。

 特に柏崎刈羽(出力820万kW)は、東電の電力の12%を占める世界最大の原発だ。今回の東電の値上げ幅(家庭用で8.5%)は柏崎を稼働するという前提で算出されているので、これが止まったままだとさらに値上げが必要になる。業務用では2割近い値上げになり、関東地方から製造業は逃げ出すだろう。

 いずれにせよ安全審査は、原発を安全にする手続きだ。それにあれこれ理由をつけて反対する泉田知事は、安全にしたくないのだろうか。彼は被災地の瓦礫の搬入を「殺人に近い」と罵倒した反原発派だから、原発をゼロにするためには危険なままのほうがいいと思っているのかもしれない。しかし彼のわがままのコストは、そのうち大幅な電気代の値上げとして電力利用者に回ってくるのである。

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