アステイオン

日本社会

寂しい日本は「先進国の1つのモデル」になりうるか? 港で、古都で、美しい田園で考える

2023年01月25日(水)08時00分
阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授、著述家)

これまでにも失われたものは多い。新美南吉が童話『おぢいさんのランプ』で描いたように、ランプの時代は電灯の出現で終わった。LPレコードはCDとネット配信が、そろばんは電卓が、蒸気機関車は電気機関車が取って代わった。

幕末から戦後のある時期まで、外国へ渡るほぼ唯一の手段であった定期客船は、ジェット旅客機の出現とともに太平洋でも大西洋でもほぼ完全に消えた。それぞれが寂しい経験であった。

変化するのは形のあるものだけではない。日本を日本にしてきた国民性や同一性さえ、揺らぐかもしれない。そうした多くの変化と喪失を重ねつつ、日本がこれから優美に老いるには、人も国も新たな強さが必要だろう。

それは今世界中で見られる無鉄砲な大衆の元気さとも、無責任で他人任せの態度とも異なる、静かなしぶとさ、したたかな粘り強さである。

喪失の悲しさ寂しさに耐え、しかし拘泥(こうでい)はしない。うまくゆかないことを他人や他国、若者のせいにしない。政府に協力するが、過度には頼らない。守るべき日本の歴史や伝統を守り、後世につなぐ。外国への扉をより広く開き、対等な仲間として外国の若者を受け入れる。新しい日本人として、国のため世界のため一緒に汗を流してもらう。

不幸にして日本の状況が思った以上に悪化しても、全体主義に傾斜し無謀な戦争に突入するような過ちは、冒さない。ただひたすらに生き続ける。いささか寂しくなった横浜の港で、さらに寂しくなりそうな日本の将来を、こんな風に考えている。


阿川尚之(Naoyuki Agawa)
1951年生まれ。慶應義塾大学法学部中退、ジョージタウン大学スクール・オブ・フォーリン・サーヴィスならびにロースクール卒業。ソニー、米国法律事務所勤務等を経て、慶應義塾大学総合政策学部教授、同志社大学法学部特別客員教授などを務めた。2002年から2005年まで在米日本国大使館で公使を務める。主な著書に『アメリカン・ロイヤーの誕生』(中公新書)、『憲法で読むアメリカ史』(ちくま学芸文庫)、『憲法改正とは何か──アメリカ改憲史から考える』(新潮選書)など多数。


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 「アステイオン」97号
 特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
  公益財団法人サントリー文化財団
  アステイオン編集委員会 編
  CCCメディアハウス

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