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日本社会

寂しい日本は「先進国の1つのモデル」になりうるか? 港で、古都で、美しい田園で考える

2023年01月25日(水)08時00分
阿川尚之(慶應義塾大学名誉教授、著述家)

日本でも規制が取り払われて、人が街に戻りはじめた。3年ぶりに開催された横浜の花火大会でも、港周辺は人で埋まった。けれども筆者には、この国の状況が他の国と少し異なるように思われる。

新型コロナ感染爆発で人の数が減ったとき、筆者の脳裏に浮かんだのは経済や社会への影響だけではなかった。このまま人が減り続けると、コロナウイルスが蔓延してもしなくても、やがて人の姿がまばらになる。その情景を予行演習のように見せられた、そんな気がした。

実際日本の各地で、本番はすでに始まっている。講演を頼まれて、今年[編集部注:2022年]6月に山口県岩国市を訪れた。日曜日の夕方、広島から山陽本線の電車で到着し、駅前の通りを歩いて宿泊先のホテルを探すうちに、気がついた。

別にさびれているわけではないが、驚くほど人の姿が少なく、静かである。さらに翌々日、父方の先祖の墓を初めて訪れた県央の美祢市では、案内してくれた親切な地元の牧場経営者のご家族以外、ほとんど誰にも会わなかった。

2008年の1億2808万人をピークに、日本の人口は減少に転じた。このところ、状況がいよいよ切迫した感がある。2021年10月現在、前年から過去最大の64万超減った。出生数は逆に過去最少で、死亡数にとても追いつかない。2060年に総人口は8700万人まで落ち込むと予想されている。

ローカル線は次々と廃線になり、小学校が統廃合される。自衛隊の充足率は低い。祭礼などの伝統行事を継承する人が減り、コンビニには外国人の店員が目立つ。主要都市以外で人の姿が少ないのは、山口県に限らず、もう当たり前の光景である。

しかし人口が減るのは、そんなに困ることなのだろうか。何年か前、イェール大学である経済学者と日本の将来について話をしたとき、日本が国民の平均的な生活水準をさほど落とさずに人口を減らすことができれば、それはそれで世界の先進国の1つのモデルになりうるのではないか、と言われた。

確かに、人口減少を差し迫った問題として、国民が気にかけている様子は、あまりない。

物価高騰、経済停滞、就業機会の減少、異常気象と自然災害の頻発など、不満は色々あるが、地方の治安はよいし、新鮮な食材も美味しい酒もある。田園は美しい。コロナウイルス感染が起これば、政府や地方自治体の援助や補助がある。人口が減っても多くを望まなければ、そんなに悪くないと思っているのだろうか。

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