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「自分の猫も守れない人間に国民が守れるか」――インドネシア反政府暴動のなか猫を「見捨てた」政治家に思わぬ逆風

How MPs’ ‘abandoned’ cats became the unexpected symbol of Indonesia’s protests

2025年9月9日(火)18時41分
ケン・セティアワン(メルボルン大学 インドネシア研究上級講師)他
ジャカルタの猫専門ペットホテル

ジャカルタの猫専門ペットホテル(3月27日) © Donal Husni/ZUMA Press Wire

<猫好きの国インドネシアで、猫を見捨てた政治家が弱者を見捨てる政治家の象徴に>

大規模な反政府デモが続くインドネシアで、政治家たちに置き去りにされたとされる猫の話題がSNSで拡散され、ますます政治不信が高まっている。

【動画】政治家が飼っていた高級猫を市民が救助

インドネシアで起きた反政府デモの最中、首都ジャカルタで一部の政治家の家が略奪された。その際、置き去りにされたり盗まれたりした猫たちがいることがわかり、大きな注目を集めている。

槍玉に上がっているのは、与党連合に属するイスラム系政党、国民覚醒党(PAN)の国会議員、ウヤ・クヤとエコ・パトリオ。ふたりはセレブ出身の政治家で、逃亡時にペットを置き去りにしたと非難され、「略奪から逃げる中で猫を連れて行く余裕がなかった」と弁明している。

その真偽はともかく、怯える猫を市民が保護する様子が拡散され、猫好きが多いインドネシアで強い共感を呼んだ。

デモ参加者やネットユーザーの間では、猫たちの受難は「弱者を切り捨てる政治家の象徴」と受け止められつつある。

政治的な存在のペット

インドネシアはアジア太平洋地域で最も猫の飼育率が高い国のひとつだ。国民の多くがイスラム教徒であり、猫がイスラムにおいて高い地位を持つことも人気の背景にあると考えられる。

しかし、今回の出来事は宗教や文化的背景だけでなく、インドネシアにおける政治家の「イメージ戦略」にも関係している。

動物を人気取りに使うのは政治家の常套手段だ。チャーチルの猫ネルソン、ビル・クリントンの猫ソックス、イギリス首相官邸の"首席ネズミ捕獲官"ラリーなど、ペットを飼うことで、親しみやすく人間味のあるイメージを演出できる。

インドネシアの代表例は、プラボウォ・スビアント大統領とその保護猫ボビー・クルタネガラだろう。


ボビーはインスタグラムのアカウントを持ち、フォロワーは約100万人。プラボウォがボビーに餌をあげ、遊び、抱きしめる様子は、かつて人権侵害で批判された元軍人のイメージを、「動物を愛する優しいおじいさん」へと変貌させた。

「ファーストキャット」となったボビーは高級ペット用バギーで移動し、専属の警備がつくこともある。国際会議にも同伴し、オーストラリアのアンソニー・アルバニージー首相からオーダーメイドのスカーフを贈られたこともある。

副大統領ギブラン・ラカブミン・ラカや、元ジャカルタ州知事で2024年の大統領選候補だったアニス・バスウェダンも、ペットをイメージ作りに使ってきた。

猫の不遇は国民の不遇

今回の反政府デモのきっかけは国会議員への手厚い手当だったが、根底にはもっと広範な政治家不信がある。生活費の高騰や若年層の失業に苦しむ国民は、政治家の贅沢な暮らしぶりを腹に据えかねていた。

デモの混乱の中、著名な政治家たちの邸宅が襲撃され、一部では略奪が発生。ウヤとパトリオは、それぞれの自宅に猫を置いて逃げたと報じられた。一部の猫は略奪者に連れて行かれ、また一部は市民によって保護された。

SNS上では「自分のペットすら守れない人間に、国民の生活を託せるのか」という批判が飛び交っている。

一転して悪政の証拠に

当事者の政治家たちも反応を示した。

ウヤとパトリオは、「猫を見捨てた」という批判を否定し、「略奪の危険が迫る中で連れていく暇がなかった」と釈明。「猫を返還してほしい」と訴え、一部のネットユーザーからは同情の声も上がっている。

だが、世論の大勢は批判的だ。

ペットは政治家の「親しみやすさ」を演出する道具として機能する一方で、一歩誤れば逆効果となることもある。今回の猫騒動は、政治家を「国民を見捨てるエリート」と見る国民の反感にちょうどよく組み込まれてしまった。

SNSがもたらす政治的イメージ戦略の不安定さも浮き彫りにしている。かつては支持を集めるツールだったペットが、一瞬で悪政の「証拠」にもなり得るのだ。

The Conversation

The Conversation

Ken M.P. Setiawan, Senior Lecturer in Indonesian Studies, The University of Melbourne; Charlotte Setijadi, Lecturer in Asian Studies, The University of Melbourne, and Elisabeth Kramer, Scientia Senior Lecturer in Politics and Public Policy, UNSW Sydney

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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