最新記事
米政治

トランプが始めた、アメリカ民主主義を作り変える大実験の行方

A Trump's Experiment

2025年4月11日(金)09時24分
江藤洋一(弁護士)
トランプ

rogistokーShutterstock

<DEIを否定し、移民を強制送還するトランプ政権。彼らがやっているのは、アメリカの民主主義の「土俵」を造り変える壮大な実験だ――ベテラン弁護士が法律家の視点から考える「アメリカの明日」>

アメリカのトランプ大統領が「MAGA」を叫ぶといつも不思議な感覚に襲われる。MAGA、つまりMake America Great Again、「アメリカを再び偉大にしよう」と言っている訳だが、聞く度にアメリカが「great」になるというようには聞こえない。むしろその逆に聞こえてしまう。もちろん単に筆者の感覚に過ぎないが、全くの見当はずれでもない。この不思議な感覚の由来は、おそらく「偉大」という言葉は自己評価ではなく他者にそのように評価されたときに最もふさわしく妥当し、偉大さを実現した人はこれ見よがしに声高にそれを叫ぶことはないという私たちの穏当な常識にある。同様に、「尊敬」というものは他人に厚かましく要求するものではないという常識にもそれなりの穏当さがある。だが、その古臭い常識を軽々とはね飛ばすことに、アメリカの人々はある種の魅力を感じるらしい。

筆者の思春期と学生時代が丁度ベトナム戦争の時代に重なる。筆者も周りの友人の多くもベトナム戦争に反対した。アメリカはベトナム戦争に敗れた。以来アメリカは、かつて日本に圧倒的に勝ったようには勝てなくなった、という意味において負け続けている。少なくとも、結果は思わしくない。

だが、あの時代のアメリカにはまだ輝きがあった。米哲学者ジョン・ロールズの『正義論」はアメリカの自由を尊重しつつ才覚や出自の恣意性に翻弄される人々に配慮した公平としての正義をうたい上げた。それは単なる社会政策の問題ではなく、社会正義に直結した。1967年に成立した情報公開法(FOIA)は、政府と人民の情報共有こそが民主主義の基礎を強固にすると強く訴えた。共有された情報とは、真実の情報だ。その自由と正義と民主主義は半世紀後、DEI、即ち多様性(diversity)、公平(equity)、包摂(inclusion)へと展開した。それはアメリカの自由と民主主義の正統な思想的発展に思える。

今、私たちの目の前にある現実のアメリカは、かつての理想を掲げた自由の国とはほど遠い。違法に入国した移民を強制送還するという。日本をはじめどこの国でもやっていることだ、では済まされない。合法・違法を問わず、移民によってアメリカという国は出来上がった。にもかかわらずその移民の一部を締め出すという。このアメリカの移民政策を見ると、筆者はいつも芥川龍之介の『蜘蛛の糸」を思い出す。糸は、自分の下(市民権のない違法入国の新移民)ではなく自分の上(旧移民を含むれっきとした市民)で切れてしまう。この蜘蛛の糸に喩えられる政策がアメリカにはたくさんありそうだが、その糸をどこで切るかは今後のアメリカを占う重要なテーマになる。排除の論理と、特定の民族や国家の優遇は自由とは真逆のものだ。それは、アメリカがその成立以来うたい続けてきた自由の中身とその真価を問う試金石になるだろう。

民主主義の基礎に真実の情報がある。ところが今現在、アメリカは情報の真実性に興味がないだけでなく、フェイクにご執心の人物が連邦政府の中心にいる。偽情報に無頓着なうえに意図的にその偽情報を流布する姿勢の根底に、権力を頼みとする傲慢がある、と見なされてもやむを得ない。古代ギリシャのことわざ(だけではない様々な地域のことわざ)によれば、傲慢は罰されるという。権力者にどんな罰が下されるのか、あるいは権力者に代わりアメリカ市民にどんな代罰が下されるのか、まだ何もわかってはいない。ひょっとしたら、それは世界中から寄せられる軽蔑や嘲笑という罰かもしれない。

少数者に対するアファーマティブ・アクションがロールズの正義論と深い関係があるにしても、そこから直接的に短絡したものだとは思えない。むしろ古き良き時代のゆとりあるアメリカの伝統が背景にあると思える。ところが、こうした動きに逆風が吹き始めた。それは、アファーマティブ・アクションに対する旧来の批判、例えば逆差別、悪平等といった批判に止まらず、それ以上の反感が社会に中に蔓延し始めているらしいことが原因のようだ。成功した黒人、煌びやかなLGBTQに対する白人貧困層のルサンチマンは、かつてドイツ人がユダヤ人に対して抱いた感情と類似している。それが個々人の、社会の片隅の分散された感情ならまだしも、政治的指導者が先頭に立ち、その感情を利用し集団化したとすれば穏やかではない。ヒトラーと同じ轍(てつ)を踏むことになる。かつて、トランプ氏をヒトラーだと非難した人が、今トランプ氏の下で副大統領を務めている。後味の悪い苦みが残る。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウクライナ当局、エネルギー業界不正取引巡り7人を起

ビジネス

データセンター向け半導体は1兆ドル市場へ、利益3倍

ワールド

米の輸出制限ルール、一時停止後の取り決め協議継続へ

ワールド

シカゴの不法移民摘発責任者、今後は南部地域へ異動か
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【銘柄】エヌビディアとの提携発表で株価が急騰...か…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中