最新記事

大英帝国

植民地支配の「罪」をエリザベス女王は結局、最後まで一度も詫びることはなかった

Not Innocent at All

2022年9月20日(火)17時51分
ハワード・フレンチ(コロンビア大学ジャーナリズム大学院教授)

220927p30_EZB_01.jpg

1983年にはケニアでモイ大統領と車に同乗してパレード TIM GRAHAM PHOTO LIBRARY/GETTY IMAGES

大英帝国は「良性」だったのか?

9月8日の逝去以来、エリザベスという名を持つ2人目の英国女王の生涯がほぼ無条件に、際限なく称賛されている。そこで奴隷制の過去が問われるとしても、せいぜい女王は大英帝国の終焉を見届け、20世紀後半における脱植民地化のシンボルになったという程度の言及にとどまる。

筆者はジャーナリストとして、長らくかつての植民地に暮らしてきた。奴隷制と、それが世界に及ぼした数々の影響について多くの文章を書いてもきた。大英帝国にはアフリカの人的資源と天然資源を搾取し、奴隷化し、支配した過去がある。この根深い問題に目を向けることなく、通り過ぎようとする今の状況には大いに違和感を覚える。

読者のほぼ全員と同じように、私もこれまでの人生全てをエリザベス2世の時代に過ごしてきた。大方の人が認めるように、彼女の自信に満ち、落ち着き払った態度は貴重な資質であり、変化の激しい世の中にあって、彼女は安定と一貫性を担保する存在であったと思う。だから故人に対する悪感情はかけらもない。しかし彼女が君臨した帝国、そして帝国主義そのものを許すことはできない。

今は多くの英国民が、新しい内閣の人種的・民族的多様性を絶賛し、主要閣僚に白人男性がいないという新たな高みに達したことに誇りを感じている。これ自体は結構なことだ。けれども、そういう事実や津波のような追悼報道に溺れて忘れてはいけない事実がある。イギリスが実現した「帝国」は、その歴史のほぼ全体にわたって、露骨な人種的優越主義の代名詞だったという事実だ。

白人の優越は帝国の大前提の1つだった。私たちは大英帝国(に限らず、全ての帝国)を民主主義と関連付けるような議論に惑わされてはならない。そんなものはナンセンスとしか言いようがない。

保守党新内閣の新たな多様性の権化とも言える財務相は、イギリスの植民地だったガーナから1960年代に移住してきた移民を両親に持つクワシ・クワーテング。彼は2011年に発表した著書『帝国の亡霊』で、賢明にもこう指摘している。

「民主主義という概念は植民地行政官たちの頭になかった。彼らの頭は階級制度や白人の知的優越、家父長制といった思想で埋まっていた」

ただし、大英帝国を「良性」の専制国家と見なす彼の見解には同意できない。冷徹な目で事実を見つめることを避けてしまうと、そういう虫のいい神話がはびこるものだ。そもそも奴隷制の上に築かれた大英帝国は、その歴史の大半を通じて民主主義とも人権意識とも無縁だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

サハリン2のLNG調達は代替可能、JERAなどの幹

ビジネス

中国製造業PMI、10月は50.6に低下 予想も下

ビジネス

日産と英モノリス、新車開発加速へ提携延長 AI活用

ワールド

ハマス、新たに人質3人の遺体引き渡す 不安定なガザ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中