最新記事

歴史

プーチンはかつてのヒトラーより「有利」な立場...そこで世界が思い出すべき教訓とは

FROM MUNICH TO MOSCOW

2022年3月8日(火)18時03分
ピーター・シンガー(米プリンストン大学生命倫理学教授)
反プーチンデモ

「歴史を繰り返すな」と訴えるスペインでのデモのプラカード NACHO DOCEーREUTERS

<ナチスによる領土拡大をなぞるように進展するプーチンの戦略。歴史を繰り返さず、その野心を食い止めるために国際社会が取るべき対応は?>

あまり独創的ではない言い訳だった。2月24日に開始したウクライナへの軍事侵攻について、同国東部ドンバス地方のロシア系住民に対する「ジェノサイド(集団虐殺)」のせいで必要に迫られたと、ロシアのプーチン大統領は主張した。既に指摘されているように、これはチェコスロバキア解体をもくろんだアドルフ・ヒトラーの戦略と似ている。

ヒトラーは多数のドイツ系住民が暮らすズデーテン地方の割譲を求め、チェコスロバキアに侵攻すると脅迫した。もっとも、実行の必要はなかった。第1次大戦の記憶が残るなか、1938年9月に開かれたミュンヘン会談で、英仏伊の首脳がヒトラーの要求をのんだからだ。

その半年後、ナチスはミュンヘンでの協定に背き、チェコスロバキアのボヘミアとモラビアに保護領を設置。スロバキアも事実上、保護国化した。ヒトラーはその後、ポーランドに領土要求の矛先を向けることになる。

ウクライナへのプーチンの攻撃も同様に始まった。2014年、ロシアはクリミアを併合し、ドンバスにある2州で傀儡勢力の蜂起を主導した。これは、94年署名のブダペスト覚書に対する著しい違反行為だ。同覚書の下、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンは旧ソ連時代から保有してきた核兵器を放棄。引き換えに、既存の国境線に基づく3カ国の主権と独立を尊重すると、英米、およびロシアは保証していた。

ヒトラーはズデーテン併合要求について「欧州での最後の領土要求だ」と言っていた。だが、その著書『わが闘争』を読んだ者なら誰でも、東欧にドイツ人の「生存圏」を獲得する野望を抱いていると知っているべきだった。

エストニアとラトビアが次の標的か

同様に、ソ連崩壊を「悲劇」と語ったプーチンは当然ながら、旧ソ連領での支配回復を目指していると考えられる。ロシアのウクライナ占領と傀儡政権樹立を許せば、バルト海沿岸のソ連支配下にあった諸国、特にロシア系住民の割合が多いエストニアとラトビアが次の標的になりかねない。

プーチンには、ヒトラーが幸いにも持たなかった核兵器という強みがある。侵攻前の2月19日、ロシアは核兵器搭載可能な弾道ミサイルの発射演習という形で他国にクギを刺した。さらに、介入すれば「これまで見たことのない結果」を招くと、プーチンは警告。同27日には、核戦力を含む核抑止部隊を「高度な警戒態勢」に移行させた。

ロシアには経済制裁が発動され、EUなどが領空を閉ざし、ロシア製品のボイコットも始まっている。ポーランドなどの近隣国は、ロシアのトラックを対象に陸路閉鎖も行うべきだ。残念なことに、こうした措置は戦争反対派も含む全ロシア国民に打撃を与えるが、ほかに手段があるだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 9
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 10
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中