最新記事

人工知能を用いて月のクレーター内部の永久影をより鮮明にとらえる

2021年10月6日(水)16時15分
松岡由希子

陽がまったく当たらない月のクレーターに氷水が残されている......?  MPS/University of Oxford/NASA Ames Research Center/FDL/SETI Institute

<年中太陽光がまったく当たらない月のクレーター「永久影」をAIを用いて分析する手法が開発された>

月の極域では、クレーターへの太陽光の入射角が非常に浅く、クレーターの底部などに年中太陽光がまったく当たらない「永久影」がある。

永久影は極低温であることから、彗星や小惑星の衝突、火山噴火によるガス放出、月面と太陽風との相互作用などによって生成された氷水が長年にわたり残されてきた可能性があると考えられている。

氷水調査のため、永久影のあるクレーターは重要なポイント

アメリカ航空宇宙局(NASA)では、2009年10月9日、月の南極付近のクレーター「カベウス」の永久影に月探査機「エルクロス(LCROSS)」のセントールロケットを衝突させる実験を行った。その際に放出された粉塵雲の観測データを分析した結果、月に水が存在することが示されている。

月に水が存在するとすれば、人間が月に長期滞在する際の貴重な資源となる。そのため、月探査において、永久影のあるクレーターは重要なポイントだ。アメリカ航空宇宙局では、2023年に予定されている月面探査車「バイパー(VIPER)」の月の南極地域での永久影領域の探査に先立ち、月周回無人衛星「ルナー・リコネサンス・オービター(LRO)」が2009年から収集する観測画像を用いて、探査対象となるクレーターの正確な地形や地質の把握に努めている。

しかし、真っ暗なクレーター内部の永久影を画像で捉えることは非常に難しい。現時点では長時間露光による撮影のため、スミア(高輝度の光源を中心に発生する明るい帯状のノイズ)や低解像度となる。また、移動中の「ルナー・リコネサンス・オービター」によって撮影された画像は長時間露光で完全にぼやけてしまう。

月の南極地域にある17カ所の永久影をAIを用いて分析

独マックス・プランク太陽系研究所(MPS)らの研究チームは、このような画像のノイズを除去する独自の機械学習アルゴリズム「HORUS」を開発し、2021年9月23日、その研究成果を学術雑誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」で発表した。

「HORUS」は、「ルナー・リコネサンス・オービター」がとらえた7万枚以上の画像とカメラの温度や衛星の軌道に関する情報を用いて実物とノイズを見分け、従来の5〜10倍高いピクセルあたり1〜2メートルの解像度を達成する。

matuoka20211006original.jpg

月の南極地方にあるまだ名前のないクレーター ルナー・リコネサンス・オービターが撮影した写真(左)を、「HORUS」で再分析した(右) (C)左: NASA/LROC/GSFC/ASU; 右: MPS/University of Oxford/NASA Ames Research Center/FDL/SETI Institute

研究チームは、月の南極地域にある17カ所の永久影を「HORUS」を用いて再分析した。永久影の大きさは0.18平方キロから54平方キロまで様々だ。岩や非常に小さいクレーターなど、わずか数メートルの小さな地質構造でも、従来に比べてはるかに明確に識別できたという。

41467_2021_25882_Fig2.jpg

研究の対象になった月の南極のクレーターの一部 MPS / University of Oxford / NASA Ames Research Center / FDL / SETI Institute

より多くの永久影の研究をすすめる

研究論文の共同著者で英オックスフォード大学の博士課程に在籍するベン・モーズリー研究員は「HORUSを用いた画像により、月の永久影の地質を以前よりもより詳しく調べることができるだろう」と述べている。

今回「HORUS」が処理した永久影の画像では氷水の存在を示すものはなかった。研究チームでは、今後、HORUSを用いてより多くの永久影の研究をすすめる方針だ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和

ワールド

米政権、スペースXとの契約見直し トランプ・マスク

ワールド

インド機墜落事故、米当局が現地調査 遺体身元確認作

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、円安で買い優勢 前週末の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中