コラム

日米のコロナ対策に共通する「リスコミ」の問題点

2021年05月06日(木)13時30分

政府分科会・尾身会長からは専門家としての見解が発信されているが David Mareuil/Pool/REUTERS

<本来なら政治の役割である総合的な判断や責任まで、感染症の専門家が背負わされるのは筋違い>

新型コロナウイルスの感染拡大が始まって約14カ月。この間、新型コロナのリスクに関する専門知識の普及と、対策の根拠を社会に対して説明するコミュニケーション、つまり「リスコミ(リスク・コミュニケーション)」については、アメリカと日本は似通った体制が取られてきました。

もちろん、アメリカの場合は保守層の中に「マスクもワクチンも拒否」という対策に非協力的な世論があり、その一方で、バイデン政権は巨額の国費を投じて猛烈な勢いでワクチン接種を進めているなど、政治的構図や政策の中身は大きく異なります。

ですが、リスコミの体制については、驚くほど似通っています。それは、政府側の発信も、これを受けて是々非々で臨むメディアの側の発信も、「感染症の専門家」だけに頼っているという構図です。

まず、アメリカの場合、感染症の専門家として、国立アレルギー・感染症研究所の所長である、アンソニー・ファウチ博士の存在があり、国のより上位の機関であるCDC(疾病予防管理センター)や、WHO(国際保健機関)との連携を取りつつ感染拡大対策に関する具体的な説明と提言を続けてきています。過半数の国民、特に東北部や西海岸の各州、そして民主党支持者の間では、ファウチ博士への信頼感は絶大です。

感染症対策の立場以外の問題、つまり経済への影響、社会心理などについては、その方面の専門家が問題提起をする機会は限られています。ですから、こうした問題については、政治、特にホワイトハウスという国家レベルの行政府と、各州の知事という行政が政策を説明するだけでした。

経済や社会の議論は聞こえてこない

日本の場合もこれと似通っています。専門家としての説明と提言は、尾身茂博士をはじめとする感染症の専門家に限られています。それ以外の経済や社会の問題については、政府が政策を説明するだけで、専門的な議論というのは聞こえてきません。政府の諮問委員会には経済学者も入っていますし、財界が提言したりすることはありますが、どちらも肝心の論点を世論に説明する体制とはなっていません。

いくつか問題が指摘できます。

その1つは、感染症の専門家が、理不尽な攻撃に晒されるという問題です。感染症の専門家の立場というのは、問題となっている感染症の患者を少しでも減らし、そして罹患した人は1人でも多く救命するというのが原則です。医師としてそれが、絶対に譲れない倫理であるからで、当然のことです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米百貨店コールズ、通期利益見通し引き上げ 株価は一

ワールド

ウクライナ首席補佐官、リヤド訪問 和平道筋でサウジ

ワールド

トランプ政権、学生や報道関係者のビザ有効期間を厳格

ワールド

イスラエル軍、ガザ南部に2支援拠点追加 制圧後の住
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    「どんな知能してるんだ」「自分の家かよ...」屋内に侵入してきたクマが見せた「目を疑う行動」にネット戦慄
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 5
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 6
    「1日1万歩」より効く!? 海外SNSで話題、日本発・新…
  • 7
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 10
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story