Picture Power

【写真展】情景の「やまびこ」が日本とカナダで共鳴する

YAMABIKO/ECHO

Photographs by George Nobechi

2024年04月03日(水)11時00分
三日月と富士、関東平野(2017年) 葛飾北斎『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』へのオマージュ。日本人の祖父の影響を強く受け、日本特有の美的理念が作品の根底に流れる

三日月と富士、関東平野(2017年)  葛飾北斎『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』へのオマージュ。日本人の祖父の影響を強く受け、日本特有の美的理念が作品の根底に流れる

<日本とカナダの2つの祖国を持つ写真家・野辺地ジョージの写真展『やまびこ/Echo』(東京・カナダ大使館高円宮記念ギャラリー)が開催中。「ハーフ」ではなく「ダブル」の視点が生み出す和みのハーモニー>

日本とカナダの両国にルーツを持つ写真家、野辺地ジョージの写真展『やまびこ/Echo』では、日本とカナダでそれぞれの日常に起きた小さな奇跡の情景が、大海を越えて溶け合っている。

小学生まで日本で暮らした野辺地は、高校教師だった祖父の影響を強く受け、宮沢賢治や古事記、古今和歌集などの世界に浸った。その後カナダで過ごした経験は、何げない日常にある日本の美を捉える感性を育んだ。カナダでは勇壮な自然の中でも、身に染み込んだ「もののあはれ」や浮世絵などの日本特有の美的理念をもとに景趣を切り取ってきた。すると2カ国で制作した作品の中に、意図せず対となる写真が生まれていた。

東京・赤坂にあるカナダ大使館高円宮記念ギャラリーで開催中の写真展(5月10日まで)では、会場の右側にカナダ、左側に日本で撮影された写真が並ぶ。ここで紹介している対の写真は、太平洋をイメージした中央の広い空間を挟んで、両側の壁にそれぞれが離れて展示されている。
窓越しの風景は、内から外を眺めたのではなく、自らの「心の中をのぞいたもの」だと野辺地は言う。子供の頃には「純粋な日本人ではない」と言われ、カナダでも周囲のカナダ人とは違っていた。両国でアウトサイダーである孤独、「窓からはのぞけるが、どちらへも最後の領域までは踏み込めない自分」が投影されている。

canada2b.jpg

だが、そこに否定的な感情はない。自分と両国との間に微妙な距離があればこそ、インサイダーには見えないものが見える。野辺地は「みんなとは少し違うことは決してマイナスではなくプラス。『ハーフ』ではなく『ダブル』の視点から眺める両国は一層輝かしく見える」と言う。カメラを手にすることでアウトサイダーからオブザーバー(観察者)へと転換し、いつもの風景を美へと昇華させていく。

会場中央にある野辺地のセルフポートレートは、海を隔てた両国の間で両者の本質を見つめる「第三の眼」。共鳴し合う写真の「やまびこ」が、野辺地の追い求める和みのハーモニーを奏でる。

canada3b.jpg

【写真(上から)】
雄島、福井県(2021年) /マリーンレイク・ロード、アルバータ州ジャスパー国立公園(2022年)
特急サロベツの車窓、北海道(2019年)/フェリーの窓、ブリティッシュコロンビア州ホースシューベイ(2019年)
遊ぶ少年、金沢市鈴木大拙館(2017年)/遊ぶ子供と山火事の煙、ブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバー(2018年)
愛の泉、京都市嵐山(2018年)/遊覧船、アルバータ州マリーンレイク(2022年)

Photographs by George Nobechi


「やまびこ:日加修好95周年記念 野辺地ジョージ写真展」
5月10日まで、入場料無料。詳細はリンク先のカナダ大使館公式ページをご確認ください。


野辺地ジョージ(写真家)
1980年東京生まれ。2014年まで金融業界でトレーダーとして活動。米ニューヨークの写真祭「フォトヴィル」の鑑賞をきっかけに仕事を辞め、写真家となる。国内外のメディアやギャラリーで作品を発表する傍ら、写真家の育成や地方活性化にも携わる。写真祭「軽井沢フォトフェスト」総監督


 【連載開始20周年】 Newsweek日本版 写真連載「Picture Power」
    2024年4月9日号 掲載

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IBM、コンフルエントを110億ドルで買収 AI需

ワールド

EU9カ国、「欧州製品の優先採用」に慎重姿勢 加盟

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story